ゾラ 『追悼演説』

Emile Zola, Obsèques de Guy de Maupassant, le 8 juillet 1893



(*翻訳者 足立 和彦
  著作権は執筆者に帰属します。無断転載を禁じます。)

ゾラ 解説 1893年7月6日にモーパッサンは亡くなった。葬式は8日、サン・ピエール・ド・シャイヨー教会で行われ、モンパルナス墓地に埋葬された。
 エミール・ゾラによる墓前での追悼演説は、10日付「ジル・ブラース」紙をはじめ、複数の新聞に掲載された。
 哀惜の念深く、モーパッサンの功績を称えるゾラの言葉は感動的であるだろう。彼は、モーパッサン文学の特徴として、健康さ、明晰さ、簡潔さを挙げ、これをフランス文学の本質と説いているが、同時に、モーパッサンが最初から一貫して広く世に受け入れられたという事実を教えてくれている。当時誰よりも攻撃され、また自身果敢に戦ったゾラ自身の言葉ゆえに、一層興味深く思われる。
 もっとも、モーパッサンのゾラについての文章が、同時に作者自身について語るものであるとするならば、ここでの演説の言葉の内にも、ゾラその人が見て取れるかもしれない。若い時のペシミスムを克服し、後年、生命への愛を力強い言葉で語ったのは、まさしくゾラ自身でもあったのである。

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 皆さん、
 文学者協会、及び劇作家協会の名において、私は発言しなければなりません。けれども、フランス文学の名においてお話しすることが許されますように。そして、一同僚ではなく、共に戦った者、年長者にして友人であった者こそが、ここでギ・ド・モーパッサンに対して最後の敬意を捧ぐのであります。
 私がモーパッサンを知ったのは、十八年から二十年も前、ギュスターヴ・フロベールの家においてでした。今も目に浮かびます、まだ若かった彼は、明るい瞳に笑みを湛え、息子としての謙虚さを感じさせながら、師の前で口を閉ざしていました。午後の間中、私達の会話を聞きながら、時々口を挟むようなこともほとんどありませんでした。けれどもこのたくましい若者、開放的て率直そうな顔つきをした彼からは、幸福に満ちた陽気さと、勇気溢れる生命の雰囲気が発されていたので、我々は皆、彼を愛しました。彼がもたらしてくれる健康の香りのためにです。彼は荒々しい運動を好んでいました。驚くような手柄に関する伝説が、既に彼には付いて回っていたものです。彼がいつか才能を示すだろうとは、誰も思わなかったのでした。
 その後、『脂肪の塊』が飛び出したのです。あの傑作、あの完璧な作品には、優しさと、皮肉と雄々しさとが備わっています。最初から、彼は決定的な作品を生み出し、一流の作家の内に地位を得ました。それは私達にとっても大きな喜びでした。何故なら、彼は我々の兄弟になったのです。彼が成長するのを目にしながら、彼の才能を思ってもみなかった我々皆にとってです。そして、その日から、彼はもう制作をやめることなく、豊かで、確実で、堂々たる力強さを備えていたので、我々を驚かせたのでした。彼は幾つもの新聞に寄稿しました。短編、中編小説が相次いで書かれました。無限の多様さがあり、全てが賛嘆すべき完璧さで、それぞれが小さな喜劇、完結した小さなドラマを語り、人生に向けて勢いよく窓を開いてみせました。読みながら、人は笑い、泣き、そして考えました。他の小説家ならきっと書いたに違いない、ああしたぶ厚い書物の精髄そのものを、わずか数ページの内に含んだ短い物語を、たくさん引用することが出来るでしょう。けれども、全てを引用しなければならないでしょうし、幾つかのものは既に古典に属するのではないでしょうか? ラ・フォンテーヌの寓話や、ヴォルテールの短編のように。
 モーパッサンは自分の作品の枠を広げようとし、彼を短編の中に閉じ込め、それ専門とさせようとする者達に応えました。そして彼の特徴である、あの穏やかなエネルギー、健康的な伸びやかさを携えて、優れた長編小説を書くと、短編作家としての性質の全てが、生命に対する情熱によって、より大きくなり、洗練されることとなりました。息吹が彼に訪れたのです。人間的なあの偉大な息吹が、情熱的で、生き生きとした作品を作り出します。『女の一生』から『我等の心』へ、その途中には『ベラミ』、『テリエ館』、そして『死の如く強し』がありますが、常に同じ、力強いと同時に簡明な存在物への視線、完全無欠な分析、穏やかに全てのことを語る口調、健康的で寛大な一種の率直さが、あらゆる人々の心を捉えたのでした。それから、私は『ピエールとジャン』に独立した位置を与えたいと思いますが、私の意見では、傑作であり、得難い宝石、真実と偉大さに溢れる、乗り越えられることのない作品であります。
 共感をもってモーパッサンの跡を追っていた私達にとって驚きだったのは、彼が、あまりに素早く人々の心を征服してしまったことです。彼はただ自分の物語を語っただけなのですが、公衆の愛情の念はすぐに彼へと注がれました。たちまち有名になり、議論されることさえありませんでした。微笑みを浮かべた幸福が彼を手の内に捉え、彼が望むだけ高くへと導くかのようでした。こんなにも幸運な出発、これ以上目覚しく、全体的な成功の例を、確かに他には知りません。彼の全てが受け入れられたのです。別の者の筆に成ればショックを与えただろうものも、微笑とともに受け止められました。彼はあらゆる知性を満足させ、あらゆる感性に触れました。それで、たくましく、率直な才能の持ち主が、どんな妥協をすることもないまま、一気に、賞賛と、愛情をも手中に収めるという、普通にはない光景を目にすることになったのです。それは文学に通じた人々からと同時に、普通の人達からもでしたが、一般大衆は普通、独創的な芸術家が一人で成長するのに、多くの代価を払わせるものなのです。
 モーパッサンに固有の才能は、この現象の説明の内に求められます。最初から、彼が理解され、愛されたのだとすれば、それは、彼がもたらしたものがフランスの魂、ある民族の最良のものを作り出す、素質と特質とであったからです。人が彼を理解したのは、彼が明晰さ、簡潔さ、節度、力だったからでした。人が彼を愛したのは、彼には陽気な善良さ、深い諷刺があったからで、それは奇跡的なことにも、少しも陰険ではなかったのです。そして、大胆な陽気さは涙の下にも根強く存在しました。彼が属する偉大な系列を、我々の言語の揺籃期から、今日に至るまで辿ることが出来ます。彼の祖先はラブレー、モンテーニュ、ラ・フォンテーヌ、力強く、明晰な者達、我々の文学の理性と光明である者達です。読者達、彼を賞賛する者達は、そのことを見誤ることがありませんでした。彼等は本能から、この清澄に湧き出でる源泉へと赴き、思考と文体とのあの麗しき気質へと向かい、彼等の欲望は満たされたのでした。そして彼等は、悲観主義でさえある一人の作家が、その作品の完全なる明晰さの内に、均整と活力のもたらす幸福な感覚を与えてくれたことに感謝したのです。
 ああ! 明晰さとは、なんという優美な泉でしょう! 全ての世代がそこで渇きを癒すことを私は望むものです。私は大変にモーパッサンを愛しましたけれども、それは、彼がまさしく、我々ラテン人の血筋を引く者であり、彼が偉大なる善良な文学者達の一族に属する者だったからです。確かに、芸術を限定してはいけません。複雑なもの、洗練されたもの、難解なものも、受け入れる必要があります。しかし、それらは放蕩でしかない、あるいはお望みなら、一時の楽しみでしかないように思われますし、いつでも単純で明晰なものへと立ち帰ることが必要です。ちょうど、栄養を与えながら決して飽きさせることのない、日々のパンへと立ち戻るように。健康さはそこに、あの降り注ぐ日差し、至る所から我々を包むあの波の中にあります。恐らくは、我々が賞賛するモーパッサンの作品は、彼に努力を要求したことでしょう。それが何でしょう、もしもその疲労が表に表れず、完璧な自然さに、そこに溢れ出る穏やかな活力に私達が励まされるのであれば! この書の外に出る時には、自分自身が元気を取り戻し、日光を十分に浴びた散歩の後のように、心身ともに喜びに浸るのを感じるのです。
 絶えざる創作の数年が過ぎ、モーパッサンは少しずつ進化を続けながら、別の地平へ観察に向かったのでした。彼にはいつでも、新しい空、未知の国に対する好奇心がありました。彼はたくさん旅行し、自分が通った国々についての強烈な光景を届けてくれました。明晰さ、簡明さに対する彼の趣向は、文学という職業に対する恐怖を与えました。彼以上にインクの匂いのしない者はかつてなく、決して文学について語らず、文学界とは離れて暮らすという風に装うようにもなり、必要に駆られて仕事をするのであって、栄誉を目指してではないと語ったものでした。そのことは私達を幾らか驚かせましたが、我々他の者は、文学という観念に自分の存在を犠牲にしているものだからです。しかしながら、今日、彼は正しかったし、仕事の外において、人生はそれ自身を生きるに値するものであると、私は信じるのです。それを知るためにも、それを生きる必要があり、確かなことは、モーパッサンは最後の年月において、農民とブルジョアからなる自分の世界を驚くばかりに広げ、女性に関するより繊細で深い感情を獲得し、より深く、より自由な作品へと歩んで行ったのでした。
 何人かの者が、最初の頃のモーパッサンを惜しみ始めていたことを私もよく知っています。それに私自身、彼が見事な均整を失ってゆくのを、不安なしに見ていることは出来ませんでした。しかしここはまだ、彼の作品全体を判断する場ではありませんし、我々に言えることは、最後の日まで、自ら文学に無関心だと述べた彼が、自身の芸術を情熱的に愛し、絶えず探し求め、常に進歩するように努めながら、人間の真実についての最も鋭敏な感覚をもっていたということなのです。
 彼はあらゆる幸福に満たされました、そう私は主張しますが、それというのも、彼が人々の記憶に残すだろう人物像の偉大さについては、ここでは疑いないからです。青春時代の賑やかだった頃に、握手をしに私のもとへやって来た時の、笑顔を浮かべ、勝利を確信している彼の姿を、もう一度目にしたいと思います。それより後、成功を収め、くつろぎ、気さくで、皆から迎えられ、祝われ、喝采され、ごく自然な飛翔によるかのように、栄光へと導かれた彼を、もう一度目にしたいと思います。彼にはあらゆる幸運があり、あんなにも素早い勝利の最中にあっても、嫉妬を掻き立てないという幸運もありました。それというのも、一度魅了した相手の心を手放さなかったからです。最初の頃の友人の内の一人も、彼の幸運を悪く思いませんでした。それほどに、彼は誠実で心のこもった仲間であり続けたのです。彼が運命に恵まれたのもごく自然なことに思われました。彼の前を歩くのは、ただ恵みを与えてくれる妖精達だけであるようでした。彼等は道に花を撒きながら、その早すぎる老境において、しばしば最高の栄誉を授けさえしたのです。とりわけ彼の健康が喜ばれました。それは揺るがないように見えましたし、正当にも、我々の文学において最もよく均衡のとれた気質、最も率直な精神、最も健康な理性の持ち主と、人は主張したのでした。そして、その時に、恐ろしい稲妻の一撃が彼を破壊したのです。
 彼が、偉大なる神よ! 彼が狂気に打たれるとは! この幸福の一切、この健康さ全てが一撃のもと、この忌まわしきものの内に流れ去ったのです! そこにはあまりにも急な人生の変転、あまりにも思いがけない深遠があったので、彼を愛する心の持ち主達、何千もの彼の読者は、一種の痛ましい友愛の念、何倍もに増し、血を滴らせる愛情の念を保持し続けたのでした。彼の栄光が、知性ある人々の内に深い反響を起こした、この悲劇的結末を要求したのだとは言いたくありません。けれども、苦悩と死とのこの恐ろしい情熱に彼が苦しみ始めて以来の、彼についての思い出が、あまりにも悲しい、言いようもない威厳を我々の内に与え、それが彼をして、思考の殉教者達の伝説の中へと押し上げるのです。作家としての栄光の外でも、この世で最も幸福であり、最も不幸であった者の一人として彼は残るでしょう。彼の内に、人間性が希望を抱き、打ち砕かれる様を、我々は最もはっきりと感じ取ります。この兄弟は、賞賛され、運に恵まれ、その後、涙に囲まれたまま、姿を消したのです。
 それに、そもそも、誰に言うことが出来るでしょう、苦悩や死は、自らの成していることを知らないと? 確かに、モーパッサンは十五年の内に二十巻近い書物を著しましたし、まだ生きて、この数を三倍にも増やし、一人で図書室の一棚を埋めつくすことも出来たでしょう。だがそのことを言うべきでしょうか? 我々の時代の膨大な出版物を前にして、私は憂鬱な不安にしばしば捕らわれるのです。そう、それは長く意識的な労働の成果であり、多くの書物が積み重ねられ、仕事に対する執着の麗しい例を示しています。ただ、そこには同時に、栄光には重たすぎる荷があり、人類の記憶はそのような重荷を背負うのを好みません。一連のこうした偉大な作品の内、数ページしか残りはしなかったのです。不滅性は、むしろ三百行の小品、寓話や短編小説にこそないと誰に分かるでしょうか? 古典的完成の非の打ちどころのない見本として、数世紀先の小学生達がそれを伝えてゆくことでしょう。
 そして、皆さん、そこにモーパッサンの栄光があるでしょうし、それは栄光の中でも最も確かで、堅固なものであるでしょう。それ故に、あまりにも高く買われはしたけれども、安らかな眠りの内に彼がありますように。自分の残した作品の、高らかに誇る健康さに信頼を置きながら! 彼の作品は生き続けるでしょう、作品が彼を生きさせるでしょう。彼を知る私達は、心にいつまでも、たくましいと同時に痛ましい彼の姿を抱き続けるでしょう。そして、時を経た後には、作品によってしか彼を知らない人達は、人生に向かって彼が歌った永遠の愛の歌声ゆえに、彼を愛することになるでしょう。

「ジル・ブラース」紙、1893年7月10日付 (Albert Collarius 署名記事)




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