モーパッサン
『時評文執筆者諸氏』

Messieurs de la chronique, le 11 novembre 1884



(*翻訳者 足立 和彦
  著作権は執筆者に帰属します。無断転載を禁じます。)

「時評文執筆者諸氏」掲載紙 解説 1884年11月11日、日刊紙『ジル・ブラース』 Gil Blas に掲載された評論文 。
 時評文と訳した chronique は当時の新聞紙上特有の記事の形態であり、時事風俗を題材に自由に意見を述べる体裁は、今日のエッセーに近いものだと言える。当時は新聞1面の冒頭にこのクロニックが掲載されるのが基本であり、時評文執筆者 chroniqueur は文学者の内に数えられていた。後に政治の世界に転身する者も少なくなかった。
 モーパッサン自身、1880年からゴーロワ紙、翌年末よりジル・ブラース紙(後にはフィガロやエコー・ド・パリなどにも)に数多くの記事を掲載するが、その多くはクロニックに類されるものであった。小説家と時評文執筆家、モーパッサンの文学活動はこの2つを両極に展開したと言えるが、本記事においては、両者の明確な相違を指摘した上で、著名な時評文執筆者4名の肖像を描いている。
 優れた小説家と優れた時評文執筆者は両立しない。自身がその両方を手掛けたモーパッサン自身のこの言葉は、あるいは時評文執筆家としての彼自身への批判ともなりかねない(この記事そのものが、時評文の枠の中で語られている)ものである。恐らくは、この時点で、著者自身の立場は明確に「小説家」の側に位置するのであろう。実際、この頃には、新聞に掲載される彼の記事の多くは短編小説であり、純粋な時事評論の数は少ない。
 いずれにせよ、19世紀末の新聞紙上で活躍したモーパッサンによる、小説家と時評文作家についての分析は、当時のジャーナリズムについての貴重な報告であると同時に、ここに作者自身の小説観が明確に述べられている点でも重要なものである。

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 小説家と時評文執筆家との大論争はまったく終息しそうにない。時評文執筆家は凡庸な時評文を作るといって小説家を非難し、小説家は下手な小説を作るといって時評文執筆家を非難する。
 彼らには両者ともに多少なりと道理がある。
 だが、ピアニストがフルート奏者に向かって運指がなっていないと非難したり、フルート奏者がピアニストに向かって息が短すぎると非難したりするのを聞けば驚くことだろう。楽器が異なっているとはいえ、どちらもともに音楽家なのである。時評文執筆家と小説家についても同様であり、ともに文学者であるのだが、彼らは異なる気質を持っている。正反対の気質だとさえ私は言いたいところだ。
 小説家に必要なのは洞察力、一般的概念、人間についての深く詳細な観察、そしてとりわけ思考と出来事の繋がりにおける厳密な連続性であり、書物の構成はそれに依存している。
 時評文執筆家の観察は、人間よりもはるかに事実に向けられる。事実こそが新聞の滋養であるが故であり、それは観察よりもずっと批評であるに違いない。さらに時評文執筆家には、深さよりも辛辣さ、描写よりも才気、一般的概念よりも陽気さが必要となる。
 小説家の主要な性質は、息の長さ、文学的格調、法則的展開や移行や舞台設定についての技法、そしてとりわけ人物がそこに生きる環境を作り出すという困難で繊細な技能であるが、時評文においては無用で有害にさえなる。時評文とは短く断続的で気ままなもので、ある事象から別の事象へ、ある思想から次のものへと段階なしに飛び移り、書物の作り手に多くの苦労を強いるあの入念な準備も必要ではない。
 私は書物の中の環境について語ったが、そこにこそ主要かつ本質的な点がある。
 大地の環境が何よりも先に存在し、地上に生まれ成長する存在の種類、構造、組織、生き方の一切を決定した。そしてその存在物は、場、空気、気候の宿命性の一切に従属し、土地に従って修正を受けもする。
 書物内の環境こそが、人物や出来事を生きて本当らしく、受け入れられるものにする。人生にはあらゆることが起こり、小説の中ではあらゆることが起こりうる。だが小説家には準備と、すべてを自然なものにする才能とが必要であり、その自然さは細心の注意によってもたらされるが、その注意によって彼は場を創り出し、周囲の状況に頼って出来事を準備するのである。
 従って、小説家の主要な性質は新聞紙上においては不毛なものとなり、気まずく重たい感じさえ与えることになる。時評文執筆家の本質的な性質、善きユーモア、軽妙さ、活発さ、機知、優美さは、ジャーナリストの手になる小説に、ぞんざいで取りとめなく、深みのない様子をもたらすのである。
 この分析をもっと先まで進める必要があるとすると、さらに次のことに気づくであろう。時評文執筆家が好まれるのは、とりわけ彼が自分の語る事柄に、彼固有の機知の言い回し、彼の才気ある様相を付与するからであり、彼が常に同じ方法で判断し、思想や表現において同じ手法を適応させるからであり、それに新聞の読者は馴染んでいるのである。
 小説家は、反対に、自分の作品に彼固有のオリジナリティーの徴を与えながら、彼が登場させる人物の数だけの気質を自らの内に作り出さねばならず、彼らの多様な判断によって評価し、彼らの目を通して人生を眺め、これらの精神のすべての内に、出来事や事物の影響を映さなければならない。この精神とは互いに相反し、彼らの身体的性質と彼らの成長した場に従って異なった形で組織されているのであるが。従って、時評文執筆家でもある小説家は決して存在しなかったし、良き小説家であった時評文執筆家もしかりである。
 真の時評文執筆家は、真の小説家と同じだけ稀で貴重であるし、毎日執筆し、毎日機知を備え、毎日公衆に気に入られるというこの大変な仕事に、四年ないし五年間耐えられる者を、何人数えることができるだろう。
 小説家は、自らの審判者の怒りにも立ち向い、これを馬鹿にさえして、未来の公正を期すことができる。彼は自ら作り出した理想に従い、自身の信念と性質とに従って自分の作品を追い求める。
 反対に、時評文執筆家は、公衆のその場の人気によってしか存在しない。彼は絶えず読者のお気に入りにならねばならず、絶えず誘惑し、納得させるよう努めなければならない。この持続的な努力のためには、信じがたいほどのエネルギー、疲れ知らずの気質、精神と、限界知らずの機知の存在が彼には必要である。ジャーナリズム界の同胞に対して小説家が抱くシステマティックな軽蔑にもかかわらず、大新聞の編集長が一人の時評文執筆家を見つけるのは、出版者が一人の作家を見つけるのと同じほどに困難なのである。
 私は、何行かで、パリの主要な時評文執筆家、大家達の肖像を描いてみたいと思うが、彼らは労働と成功との長さによって、才能の持続的価値を証明した者達である。優れた者でも、より若いかまだ十分に名を遂げていない者は脇に置いておこう。次に、私はとりわけこの種の典型たる者を選びたい。彼らを類別しようとは思わないでおこう。時評文執筆家もまた傷つきやすいのである。かつて詩人について言われたものである。Irritabile genus(1)(怒りっぽい人々)と。今日ではジャーナリストについてそう言うことができよう。小説家が彼らに対して下される判断に対して無関心を示したり装ったりするのと同様に、時評文執筆家は興奮しやすい気質を持ち、辛抱ができないのである。手袋と細心の注意無しに、彼らに手を触れてはならない。
 私がお話ししたいと思う人々はその配慮に値するのである。
 ではアルファベットの6番目、Fの文字から始めよう。


アンリ・フーキエ氏(2)

 大柄の男性、美男子で顎鬚を伸ばしているが、幅の広いブロンドの優雅で香水の匂い漂う鬚である。表情は優しく、繊細で穏やか、とても穏やかである。彼の身ぶりは控えめで、言葉づかいには節度がある。彼の才能の形は、人物のそれに呼応するものである。
 思慮深く、目立たない手段で辛辣さを示す時評文執筆者である。注意深く、よく推敲し、自分の言葉を愛しているし、それを熟知しており、彼がそれを行使するにあたっては、繊細な用心と共に、言葉の裏に策略と裏切りとを秘めて行う。その攻撃は剣の打撃のようなショール(訳注:オーレリヤン・ショール。下段に言及)のように直接に攻撃するのではなく、彼の毒舌は傷口に留まり、意地悪な意図によって鬚にからむ釣り針のように引っかかるのである。
 日々の問題を取り扱うが、彼は半分までしか人の言う時事批評家でない。というのも彼はとりわけ、自分の選ぶ主題の中にそこから引き出したいと思う道徳を見るのであって、それも面白がらせたり刺激的な道徳ではなく、哲学者としての道徳なのである。
 実際、アンリ・フーキエは哲学者であり、今日では失われた種に属する十八世紀の哲学者、好意的で楽観主義者、十分に中立で、人々や事物や世界に満足しており、絶望する者、悲観主義者、ショーペンハウエル流派の几帳面で悲嘆にくれる思索家には苛立つのである。彼は生きることが好きで、そのことを示し、また公言し、彼の書き物の内にも人柄の内にも、この満足の反映が見て取れる。装飾づきで博識の彼の精神は、夢見られたり手に入れられたりした愛はすべてを慰めるという、前世紀の人々の優美な形而上学の内に満足を見出す。そして彼は存在を、すべてこの世の悲しい、嘆かわしい、痛ましいものを、ある透明な幕を通して眺めているようなのだが、その幕には女性のイメージや容貌が描かれているのだろう。微笑みを浮かべ、媚を含み、曲線の優美さや微笑みの魅力、瞳や唇の呼びかけを見せている女達の。
 しかしながら彼には、彼が優美な哲学を継承した祖先達に見られる懐疑主義は存在しない。日々の事柄から彼が引き出す教訓にはしばしばある種の実直さの跡があり、私としてはそれを残念に思うのであるが、公衆は大いにそれを味わうのである。
 つまり、今日の新聞業界で最も注目すべきで、最も愛されている作家の一人であり、ジャーナリズムを評価させ尊敬させることのできる者の一人なのである。


アンリ・ロシュフォール氏(3)

 この才気煥発で神経質にして移り気な道化師たる人物を知らない者がいるだろうか。高く白い前髪、曲がった鼻、不安げな眼差し、しゃがれた声をして、全体の様子には親しみのもてる率直な魅力があるので、この「恐るべき者」、「反抗者」、「破壊者」は最も激越なる敵対者からも愛され、喜んで握手の手を差し出されるのである。卓越して確かな同業者、アンリ・ロシュフォール、あの「民主主義者」は、奇妙なディテールではあるが、芸術的装飾品や昔の絵画、あらゆる種類の古物についての傑出した通人であり、こうしたもの全ての情熱的な愛好家なのである。
 敵を倒すにあたって、彼は巧妙な一撃や辛辣な打撃を振舞うことは無く、敏捷な足払いを用いる。人に対する足払い、フランス語に対する足払い、文法に対する足払い、理性に対してさえ足払いで、一丁上がりである。転倒した相手はもう起き上がれはしないだろう。
 彼の機知は、予測がつかず、爆竹のように炸裂し、我が民族の伝統、我等の祖先が秀でていた繊細さと皮肉との伝統には何も負ってはいない。だが彼も間接的にそこから派生したのであり、すっかり正当でないにしても、彼もまたフランス人である。
 この優美で魅力的な、道化のマスクを被った人物は、言語の奇妙な道化の技を発明し、言葉を飛び跳ねさせ、脱臼させ、予測もつかない姿勢を取らせたり捻じ曲げたりして笑わせるのであるが、その笑いは否応なく、我慢できず、度外れたものであり、サーカスにおける真の道化の本物の技さながらである。音節の連関や、予想外の類似、幻想的な冗談によって、驚くようで滑稽な発想を目覚めさせる。カムスカッス氏が警視総監に任命されたのを知って、彼のことをカムスカッス頭(4)と呼ぶのに、一秒あれば十分である。そして彼の機知、彼の口、彼のペン先からは絶えず、思いもよらない非常に面白い言葉や、はっとさせるような滑稽な仕方で、おかしな真実についての判断が飛び出てくるのである。
 そして、最も繊細な女性から最も無教養な与太者まで、パリの魂とも見えるあの未知の何かを脳に届ける、そんな歩道の空気を吸いさえすれば、誰もがこのパリ風の涸れることのない才気を楽しむのである。
 Rの後は、次のSの文字で止まるとしよう。


オーレリヤン・ショール氏(5)

 ショールが世界にばら撒いた言葉の数は、星の数ほども多い。現在及び将来のすべての時評文執筆家は、この機知の貯蔵庫から汲み取っているし、汲み取り続けるだろう。
 彼の攻撃は直接的で確実なものであり、弾丸のように打ちつけ、相手の腹に穴を開ける。16世紀の良き伝統に従った毒舌が、彼によって若返り、さらには彼によって19世紀の伝統となるだろう。
 オーレリヤン・ショールの出来のいい時評文を読むと、その自然の源泉から流れ出るフランス的陽気さの精髄を感じ取ったかのように思える。彼は、その言葉の真の意味において、機知に富んだ、想像的で愉快な時評文執筆家である。
 ガスコーニュ出身、大柄で男前、エレガントで柔軟な彼の様子は、彼の才能についても予想させるものであり、つまりはいささか暴れん坊で虚勢を張っている。不幸なことに、彼には多くの弟子がいるが、彼には程遠く、彼の仕草を真似ながらその機知を備えてはいない。アルファベットの最後から4番目に、我々が見出すのは、


アルベール・ヴォルフ氏(6)

 前の3人とはすっかり異なり、この人物は猟犬の嗅覚と確実さでもって振る舞い、日々の事柄、パリの事柄、つまりは公衆、彼の公衆を最も惹き付け、感動させ、熱中させる事柄を見つけ出す。彼はそれを見つけ出すだけでなく、それを掘り下げ、コメントし、発展させるのであるが、それはまさしく、その当日の内に、あらゆる人々の期待に応えるために、それらが掘り下げられ、コメントされ、発展させられるべきであるようなあり方においてなのである。私は先に、一冊の書物の中で人物の周りに作り出すべき環境について語った。まさしく! アルベール・ヴォルフ氏がある瞬間における環境の影響を被る具合といえば、彼の読者達皆が考えたし、考えつつあることを彼が記しているかのようにしばしば思われるほどであり、それ程に、彼は彼らの意見の要約を提示してみせるのだが、それが、しばしば鋭く辛辣、常に面白く、繊細で十分に文学的な彼の言葉によって述べられるのだ。そして彼の愛読者達が、彼を読みながら感じることは、ある人がレストランに入ってみると、その日彼が食べかった唯一の、にもかかわらず彼が思ってもみなかった一皿の料理を出された時の感動とほとんど同様のものなのである。
 さらにヴォルフ氏は、真にパリジャンであり、ジャーナリストの激動し、深く事情に通じ、大変に奇妙なあの生活を長きにわたって続けてきた時評文執筆家なら誰もが成すべき仕事を、目下行っている最中なのである。つまり、彼は回想録を執筆しているのである。
 最初の巻には最も興味深い旅行の思い出が含まれており、2巻目は『パリの泡』(7)と題され、首都の中のこの大いなる首都の秘密の内幕についての、興味深く、感動的で、実にオリジナルな研究である。『不吉なごろつき達』『有名な徒刑囚達』『怪物達』『血まみれの情事』『犯罪と狂気』は奥深く、恐ろしく、奇妙なまでに魅惑的な頁である。


***

 どれほど私はさらにもう一人、亡くなったばかりのレオン・シャプロン(8)についても語りたかったことだろう。彼は現代の時評文に、実に個性的で、俊敏かつ手厳しい調子を与えたのだった! さらに彼は、今日のジャーナリズム界において最も誠実な者の一人であった。粗暴とさえ言えるような誠実さであったが、あらゆる試練に耐えうる忠誠心だった。
 そして今、最も若い者達の中から、今日の者であり明日の者でもある人物の中から一人の名を挙げるようにと言われたなら、私はこの新聞の中から選んで言うことだろう。グロクロード氏(9)であると。

『ジル・ブラース』紙、1884年11月11日付




訳注
(1)« Genus irritabile vatum », Horace, Épîtres, II, ii, 102.(ホラティウス、『書簡詩』第2巻、第2歌、102行)
(2)Jacques-François-Henry Fouqier (1838-1901). 第三共和政下ではLe Bien public, Courrier de France, L'Événement, Le Figaro, Gil Blas などに記事を掲載。Petit Parisien 創刊に携わる。1884年よりXIXe siècle 主筆。
(3)Henri de Rochefort-Luçay, dit Henri Rochefort (1830-1913). Le Figaro に寄稿した後、1868年 La Lanterne, 翌年には La Marseillaise を創刊し、帝政を批判する。パリ・コミューンに加担した廉で投獄、ニュー・カレドニアに流刑されるが、脱獄。1880年恩赦を受けて帰国し、L'Intransigeant 紙上で活動を再開した。
(4)Camescasse-tête. casse-têteには「骨の折れる仕事」「棍棒」といった意味がある。
(5)Aurélien Scholl (1833-1902). ボルドー出身。1851年パリ上京後、複数の新聞に寄稿する。1863年には Le Figaro 紙に対抗して Le Nain jaune を創刊(-1876)。Le Voltaire, L'Écho de Paris の主筆を勤めた。戯曲や小説も執筆している。
(6)Albert Wolff (1835-1891). Le Charivari, L'ÉvénementLe Figaro に寄稿。劇作家として多数の戯曲を執筆してもいる。回想録は『あるパリ人の回想録』 Mémoires d'un Parisien (1884-1888).
(7)Albert Wolff, Mémoires d'un Parisien. L'Écume de Paris, Havard, 1885. 「不吉なごろつき達」以下はこの書の中の章題。
(8)Léon Chapron (1840-1884). Le Gaulois, L'Événement, Gil Blas 等に寄稿。自然主義に批判的だった。『パリの街角』 Coins de Paris (1881), 『通りに沿って』 Le long des rues (1882)等。
(9)Étienne Grosclaude (1858-1932). 時評文執筆家であり、多くのユーモア作品を残した。




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