モーパッサンを文庫で読もう!
Lisons Maupassant dans les livres de poche !
おもむろに思いつき企画として、
「モーパッサンを文庫で読もう!」
というキャンペーンを展開しよう。
翻訳でモーパッサンをたくさん読もうと思ったら、
『モーパッサン全集』全3巻、春陽堂、1965-1966年
を手に取るのが、唯一にして最高の手段であるのだけれど、刊行からはや40数年、入手もそれほど簡単ではない。今、とりあえずモーパッサンを読もうと思ったら、まずは文庫本から、ということになるだろう。最近(2009年)、ちくま文庫から久しぶりに新しい短編集が出版されたことも寿ぎ、皆さん、ぜひ文庫で、人によってはもう一度、モーパッサンを読んでみませんか?
そこで、現在書店で購入可能、および、比較的入手が容易と思われる文庫本まで手を伸ばすとして(希望的観測ではある)、いったいモーパッサンはどれだけ読めるのだろうか、というのが気にかかる。
とりあえず長編は省略するとすると、まず、大前提として
『脂肪の塊・テリエ館』、青柳瑞穂訳、新潮文庫、1951年(初版)
『脂肪のかたまり』、高山鉄男訳、岩波文庫、2004年
を挙げなければおかない。都合2編。
昔の岩波文庫にモーパッサンは何点も入っていて、時を空けて重版があるけれども、これは今回、考慮しないことにする。
(『メゾン テリエ』他3編、河盛好蔵訳も、目下出回ってはいない模様。)
そういうわけで、本日の調査対象は以下の書籍。
a. 『モーパッサン短編集』3巻、青柳瑞穂訳、新潮文庫、1971年(初版)
b. 『モーパッサン短篇選』、高山鉄男編訳、岩波文庫、2002年
c. 『モーパッサン短篇集』、山田登世子編訳、ちくま文庫、2009年
d. 『モーパッサン傑作選』、太田浩一訳、ハルキ文庫、1998年
e. 『モーパッサン怪奇傑作集』、榊原晃三訳、福武文庫、1989年
a から c は現在も書店に出ているもの。
d と e は品切れないし絶版のものだが、古書ではまだ入手しやすいかと考えて対象に含める。e は個人的に愛着のあるものでもある。
以下の表では、左から上記の順番で掲載作品を挙げていくことにしよう。
さて、どうなるか。
数 | 原題 | モーパッサン短編集 I-III 新潮文庫 1971年 65編 |
モーパッサン短篇選 岩波文庫 2002年 15編 |
モーパッサン短篇集 ちくま文庫 2009年 20編 |
モーパッサン傑作選 ハルキ文庫 1998年 15編 |
モーパッサン怪奇傑作集 福武文庫 1989年 11編 |
1巻 | ||||||
01 | Toine | トワーヌ | ||||
02 | Le Petit Fût | 酒樽 | ||||
03 | Histoire d'une fille de ferme | 田舎娘のはなし | ||||
04 | La Bête à Maît' Belhomme | ベロムとっさんのけだもの | ||||
05 | La Ficelle | 紐 | ||||
06 | Le Mal d'André | アンドレの災難 | ||||
07 | Une ruse | 奇策 | ||||
08 | Réveil | 目ざめ | ||||
09 | Les Sabots | 木靴 | ||||
10 | Le Retour | 帰郷 | 帰郷 | |||
11 | Idylle | 牧歌 | ||||
12 | En voyage | 旅路 | 旅路 | 旅にて | ||
13 | Le Père Amable | アマブルじいさん | ||||
14 | Miss Harriet | 悲恋 | ミス・ハリエット | |||
15 | Une veuve | 未亡人 | ||||
16 | Clochette | クロシェート | ||||
17 | Le Bonheur | 幸福 | ||||
18 | La Rempailleuse | 椅子なおしの女 | 椅子直しの女 | わら椅子なおしの女 | ||
19 | Mon oncle Jules | ジュール叔父 | ジュール伯父さん | ジュールおじさん | ||
20 | Le Baptême | 洗礼 | ||||
21 | En mer | 海上悲話 | ||||
22 | Aux champs | 田園悲話 | 田園秘話 | |||
23 | Pierrot | ピエロ | ||||
24 | Le Vieux | 老人 | ||||
2巻 | 岩波 | ちくま | ハルキ | 福武 | ||
25 | Le Trou | あな | ||||
26 | Mouche | 蠅 | ||||
27 | La Femme de Paul | ポールの恋人 | ||||
28 | Au printemps | 春に寄す | ||||
29 | La Parure | 首かざり | 首飾り | 首飾り | ||
30 | Une partie de campagne | 野あそび | ピクニック | |||
31 | Décoré ! | 勲章 | ||||
32 | Nuit de Noël | クリスマスの夜 | ||||
33 | Les Bijoux | 宝石 | 宝石 | 宝石 | ||
34 | Imprudence | かるはずみ | ||||
35 | Le Père | 父親 | ||||
36 | Le Papa de Simon | シモンのとうちゃん | シモンのパパ | シモンのパパ | ||
37 | Le Vengeur | 夫の復讐 | ||||
38 | Un portrait | 肖像画 | ||||
39 | Les Tombales | 墓場の女 | ||||
40 | Menuet | メヌエット | メヌエット | |||
41 | Mademoiselle Perle | マドモワゼル・ペルル | マドモワゼル・ペルル | |||
42 | La Reine Hortense | オルタンス女王 | ||||
43 | L'Attente | 待ちこがれ | ||||
44 | Le Voleur | 泥棒 | ||||
45 | À cheval | 馬に乗って | ||||
46 | En famille | 家庭 | ||||
3巻 | 岩波 | ちくま | ハルキ | 福武 | ||
47 | Deux amis | 二人の友 | 二人の友 | |||
48 | La Folle | 狂女 | ||||
49 | La Mère Sauvage | 母親 | ソヴァージュばあさん | |||
50 | La Moustache | 口ひげ | ||||
51 | Le Père Milon | ミロンじいさん | ||||
52 | Le Lit 29 | 二十九号の寝台 | ||||
53 | Les Prisonniers | 捕虜 | ||||
54 | L'Aventure de Walter Schnaffs | ヴァルター・シュナッフスの冒険 | ||||
55 | L'Infirme | 廃兵 | ||||
56 | L'Ordonnance | 従卒 | ||||
57 | La Peur | 恐怖 | 恐怖(その一) | |||
58 | Le Horla | オルラ | オルラ | |||
59 | Qui sait ? | たれぞ知る | だれが知ろう? | |||
60 | La Main | 手 | 手 | |||
61 | Sur l'eau | 水の上 | 水の上 | 水の上 | 水の上 | 水の上 |
62 | L'Auberge | 山の宿 | 山の宿 | 山の宿 | ||
63 | Le Loup | 狼 | ||||
64 | Clair de lune | 月光 | ||||
65 | Les Dimanches d'un bourgeois de Paris | パリ人の日曜日 | ||||
岩波 | ||||||
66 | Première Neige | 初雪 | 初雪 | |||
67 | Le Fermier | 小作人 | ||||
ちくま | ||||||
68 | Regret | みれん | ||||
69 | La Confession | ざんげ | ||||
70 | Au bois | 森のなか | ||||
71 | Le Rendez-vous | 逢いびき | ||||
72 | Un coq chanta | オンドリが鳴いたのよ | ||||
73 | La Baronne | 男爵夫人 | ||||
74 | Rencontre | めぐりあい | ||||
75 | La Morte | 死せる女 | ||||
76 | Apparition | 亡霊 | 幽霊 | |||
77 | L'Endormeuse | 眠り椅子 | ||||
78 | Auprès d'un mort | 死者のかたわらで | ||||
79 | La Chevelure | 髪 | 髪の毛 | 髪の毛 | ||
80 | La Nuit | 夜 | ||||
ハルキ | ||||||
81 | La Main d'écorché | 剥製の手 | ||||
82 | Le Donneur d'eau bénite | 聖水係の男 | ||||
83 | Mademoiselle Cocotte | マドモワゼル・ココット | ||||
84 | Le Parapluie | 雨傘 | ||||
85 | L'Homme de Mars | 火星人 | ||||
86 | L'Inutile Beauté | あだ花 | ||||
87 | La Patronne | 女主人 | ||||
88 | Sauvée | すくわれたわ | ||||
89 | Les Sœurs Rondoli | ロンドリ姉妹 | ||||
福武 | ||||||
90 | La Peur | 恐怖(その二) | ||||
91 | La Tombe | 墓 | ||||
92 | Le Tic | 痙攣 |
新潮文庫3冊65編に、他4冊27編が加わって、計92編。
これに最初の「脂肪の塊」と「テリエ館」を加えれば、全部で94編の、モーパッサン中短編小説が文庫で読める、ということになる。
モーパッサンの中短編の総数はおよそ300なので、全体の三分の一近くは、文庫本で読めるわけだ。さて、それは多いのか、少ないのか。
これを見ると、後発のハルキ文庫、ちくま文庫は、新潮文庫3巻を考慮に入れている可能性が高い。有名作品を押さえつつ、新潮に収録されていない中から選択をしているのが窺われよう(それぞれ10編と13編。この両者の間で重複は1(全体で3)なので、ちくま文庫はハルキ文庫も考慮しているようだ)。
それに対して残念なのが岩波文庫で、15編中13編が新潮と重なっているのはどういう訳か。はなはだ疑問と言わざるをえない。
一つ驚くのが、5点の文庫全部に収録されている短編が1編だけ存在し、それは「水の上」だということである。知らなかったなあ。なぜか当サイトにも翻訳のあるこの作品は、モーパッサン二十代のごく初期に書かれた幻想小説。これはやはり「名作」故ということなのだろうか。
有名な「首飾り」、それと対になる「宝石」はともに3点に所収。やはり外せませんか。
もっとも3点所収のものは他にもあり、「旅路」「椅子なおしの女」「ジュール伯父」(これは高山、山田訳に倣って「父の兄」としたい)「シモンのパパ」(「とうちゃん」はもう古すぎよう)それに「山の宿」に「髪(の毛)」。
確かにいささか古いのは否めないものの、この中では新潮でしか読めない作品が44もある。初版からもうすぐ40年。まだまだ現役で頑張ってもらいたい。
ところで、書店で現在も購入可能な(はずの)ものとして、文庫ではないけれど以下の2冊があることを、特に記しておきたい。
『ミス・ハリエット』、石田明夫訳、パロル舎、1998年
『ロックの娘』、太田浩一訳、パロル舎、1998年
数 | 原題 | 『ミス・ハリエット』 | 他文庫 |
(14) | Miss Harriet | ミス・ハリエット | 新潮・ちくま |
95 | Une vente | 特別商品 | |
(10) | Le Retour | 帰郷 | 新潮・岩波 |
96 | Le Condamné à mort | 死刑囚 | |
97 | Un coup d'État | 政変 | |
98 | Saint-Antoine | 聖アントワーヌ | |
Boule de suif | ブール・ド・スュイフ(脂肪の塊) | 新潮・岩波 |
数 | 原題 | 『ロックの娘』 | 他文庫 |
99 | La Petite Roque | ロックの娘 | |
100 | Les Vingt-cinq francs de la supérieure | 修道院長の二十五フラン | |
101 | Le Dot | 持参金 | |
102 | Hautot père et fils | オトー父子 | |
103 | Moiron | モアロン | |
(26) | Mouche | 蠅―あるボートのりの思い出 | 新潮 |
104 | Bombard | ボンバール | |
(41) | Mademoiselle Perle | マドモワゼル・ペルル | 新潮・岩波 |
「ほかでは読めない珠玉の作品群」と帯にあるだけのことはあって、上記5文庫に入っていないものが『ミス・ハリエット』に4編、『ロックの娘』に6編ある。とりわけ中編どころを集めた後者はよい選集といっていいだろう。前者に関しては、あえて『脂肪の塊』を入れる必要はなかったのではないか、という点だけが惜しまれるか。
この2冊を加えるなら、都合104編の中短編が、全集を探さなくても読めることになる。
それって、なかなかどうして結構な数なのではないだろうか。私としては(やっぱり)素直にそう思うのだ。
どっこい生きてるモーパッサン!
そういうわけで、改めて、「モーパッサンを文庫で読もう!」と申し上げて、この稿を閉じることとしたい。
(06/01/2010)