モーパッサン 『剥製の手』

La Main d'écorché, 1875



(*翻訳者 足立 和彦)

モーパッサン『手』 解説 1875年、『ポン・タ・ムッソン=ロレーヌ年鑑』 Almanach lorrain de Pont-à-Mousson に掲載された、モーパッサンが発表した最初の短編小説。ジョゼフ・プリュニエの筆名。1883年に短編「手」 « La Main » において同じ題材を扱っているが、こちらはよりレアリスムに則った作品になっている。
 モーパッサンはエトルタの浜辺で英国詩人スィバーンに出会い、彼が所持していた「剥製の手」を後に入手し、部屋の飾りにしていたという。本作品はそこから題材を得たものである。
 いわゆる「幻想小説」の典型といっていい作品。核心となる事件については直接には言及されず、すべては暗示に留まっている点に、ロマン派作家の作品との相違が見られるだろう。
 とは言え、ここでは全てのほのめかし、伏線は一つの方向を明確に指し示している。導き出される結論は一つしかないのだが、語り手は自らの解釈を一切差し挟まない。この語り手の意図的な沈黙がいかにも「不自然」なものに思われる点、まだ作者の技法はぎこちないと言えるだろうか。
 更に突き詰めれば、結末の展開から導き出される「解答」は、「超自然」を容認した上でも、物理的に無理があるように思われる。(ネタばらしなので詳しくはソースに。)
   しかし確かにその「解答」が正解であると作者が述べているわけではないのだから、全てはやはり謎のままである、と考えるべきなのかもしれない。後は各自それぞれの判断に委ねたい。
 「手」について語った小説はモーパッサンの他にも幾つかあるが、フランス文学で言えばネルヴァルに『栄光の手』という作品がある。こちらもぜひ一読されたい。

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 およそ八ヶ月前のことだ。ある晩、友人の一人であるルイ・Rが何人かの学校の仲間を集めたのだった。僕等はポンスを飲み、煙草を吹かしながら、文学や絵画についてしゃべり、時々は何か陽気なことを語り合っていた。若者達が集まった時にはそんな風になるものだ。――突然、ドアが大きく開いて、親しい幼友達が嵐のように入って来た。「どこから来たか当ててみろよ」とすぐさま彼は叫んだ。「マビーユで踊って来たのに賭けるね」一人が答えた。「いいや、えらく陽気だから、金を借りて来たのさ、叔父さんを一人墓に埋めたか、あるいは質屋に時計を置いて来たかさ」別の者が答えた。「酒を飲んで来たんだぜ」と三人目が口を挟んだ。「ルイのところにポンスの匂いを嗅ぎつけて、やり直しにやって来たんだ」――「違うね。僕はノルマンディーのP**から来たんだ。向こうで一週間過ごして、我が友人の中でも立派な犯罪者を連れて来たんで、君等にご紹介させてもらおうと思ってね」――そう言いながら彼はポケットから一個の剥製になった手を取り出した。その手は恐ろしいもので、黒く干からびていて、随分長く、引きつったようになっており、尋常じゃない力を秘めた筋肉が、皺びた皮膚の紐によって内側も外側も留められている。黄色くて細い爪が指先に残っていた。そうした全部が遠くからでも極悪人を思わせた。「想像してみなよ」と友人は言った。「先日、その辺じゃ大変に有名な年寄りの魔法使いの遺品が売りに出されたんだ。そいつは土曜の度に箒に乗ってサバトに出かけ、白魔術も黒魔術も扱い、牛の乳を青色に、尻尾は聖アントワーヌのお供(豚)のに変えちまうのさ。とにかく、この年寄りの野郎はこの手にえらく愛着を抱いていて、人の言うところじゃ、なんでも1736年に処刑された有名な犯罪者のものだったらしい。その男は井戸に自分の上さんを頭から投げ込み、もっともそうするのが間違ってたとは思わないけどね、それから教会の鐘に、自分を結婚させた坊さんの首を吊るしたんだ。――この二重の偉業の後、彼は世界中を巡り、短いと同時に充実した生涯の間に十二の旅行者から物を奪い、二十ばかりの修道士を修道院の中で燻して、修道女達を相手にハーレムを築いたのさ」――「でもそんな不気味なものを君はどうするんだい」僕達は叫んだ。――「もちろん、呼び鈴の取っ手にして、借金の取立てどもを怖がらせるのさ」「君」とヘンリー・スミスが言った。背の高いイギリス人でとても落ち着いていた。「僕が思うには、その手は新方式で保存されたインディアンの肉でしかないね。スープを作ることをお勧めするよ」――「笑いものにしちゃいけないなあ、みんな」一番冷静に言葉を継いだのは医学部の学生で、すっかり酔っていた。「それに君、ピエール、もし僕が助言するとするなら、キリスト教式にその人間の一部を埋葬してやることだ。所有者がやって来て返せと言い出さないようにね。それから、その手にはきっと悪い癖がついているぜ。だって諺に言うだろう、『殺した者はまた殺す』とね」――「そして飲んだ者はまた飲むさ」接待役の男が言い、それから学生に大きなグラスにポンスを注いでやると、彼は一息にあおり、泥酔してテーブルの下にひっくり返った。――この退場の仕方は哄笑で迎えられた。そしてピエールは自分の杯を掲げ、手に挨拶して言った。「お前の主人の近い訪れに乾杯だ」――それから話題は別のことに移り、それぞれ自分の家へと帰った。
 翌日、彼の家の前を通ったので、僕は部屋に入った。およそ二時頃で、彼は読書しながら煙草を吸っていた。「調子はどうだい」僕は彼に言った。――「最高だよ」と彼は答えた。――「それで君の手は?」――「僕の手なら、呼び鈴のところに見たはずだぜ。昨日の夜、帰って来た時に結んでおいたんだから。ところでそれに関してなんだけど、どこかの馬鹿が、きっと悪いいたずらをしようと思ってだろうけど、真夜中にドアの呼び鈴をやかましく鳴らしたんだ。誰なんだか僕は尋ねたけれど、誰も答えやしない。もう一度横になってまた眠ったというわけさ」――その時、呼び鈴が鳴った。鳴らしたのは家主で、粗野で大変不躾な人物だった。――彼は挨拶もなく入って来た。「失礼ですが」と彼は友人に言った。「あなたが呼び鈴の紐に吊るした腐った肉をすぐに取り除けてもらいたいですな。そうしてもらわないと、あなたにお暇願わなければなりませんのでね」――「失礼ですが」とピエールは随分と尊大に答えた。「あなたは不当にもあの手を侮辱なさったんですよ。あれは大変高貴なお方のものだったとご承知願いたいですね」家主は踵を返すと、入って来た時と同じように出て行った。ピエールは後について行くと、手を外して、自分の寝室にぶらさがる呼び鈴の紐に結びつけた。――「このほうがいいさ」と彼は言った。「この手は、トラピストの坊さんのいう『兄弟よ、人は死すべきもの』のように、毎晩寝る時に真面目な考えを与えてくれるだろう」一時間ばかりして別れると、僕は自分の住居に帰った。
 その夜はよく眠れなかった。気が高ぶり、神経が苛立っていた。何度も飛び起きたし、一時は誰かが僕の部屋に入って来たような気がして、起き上がって箪笥の中やベッドの下を覗いてみた。ようやく、午前六時頃になって眠りかけた時、凄い勢いでドアが叩かれて僕はベッドから飛び跳ねた。それは友人の召使で、服をひっかけただけで、蒼ざめて震えていた。「ああ旦那様」彼は泣き叫んだ。「哀れな私の主人が殺されました」僕は急いで服を着替えると、ピエールの家へと走った。家は人で一杯で、議論を交わし、動き回っていた。その動きは絶え間なく、一人一人があらゆる風に、事件について長広舌をふるい、物語り、注釈していた。僕は苦労して部屋まで辿り着き、ドアには番がいたので名を名乗って中へ通してもらった。四人の警官が中央に立ち、手帳を手に調べて回り、時々小声で言葉を交わしながら何か書きつけていた。二人の医者がベッドの傍で話し合い、そこにピエールは意識無く横になっていた。彼は死んではいなかった。だがその様子は恐ろしいものだった。目は並外れて大きく見開かれ、開いた瞳が言葉にならない恐怖をもって、恐ろしい未知の何かをじっと見つめているようだった。手の指は引きつり、顎から下はシーツに覆われていたので、僕はそれを持ち上げてみた。首に五本の指の跡があり、それは深く肉に食い込んでいて、シャツに少しの血が染みていた。その瞬間僕ははっと虚をつかれ、ふと寝室の呼び鈴に目を向けると、剥製の手はそこにはもうなかった。きっと医者が取り払い、怪我人の部屋に入って来た者にショックを与えないようにしたのだろう。あの手は本当に気味の悪いものだったから。――それがどうなったのかについては何も聞かなかった。
 今、翌日の新聞から犯罪についての記事を切り取った。警察が知りえた詳細が記されている。以下の通りだ。
 「昨日、一人の青年が恐ろしい襲撃にあった。ピエール・B**氏、法学部の学生でノルマンディーでも最も高貴な家柄の出である。この青年は昨晩十時頃部屋に戻り、召使であるブーヴァン氏を下がらせる際、疲れているのですぐに眠ると告げた。この男性は真夜中頃、突然に主人の呼び鈴が鳴って目を覚ましたが、呼び鈴は怒ったように激しく鳴らされていた。彼は怖くなり、明かりを点して様子を窺った。一分ほどで呼び鈴は止まり、それからまたすごい力で鳴り始めたので、恐怖に動転した召使は急いで部屋を出ると、門番を起こしに行き、門番は警察に知らせに駆けた。そして約十五分後、二人の警官がドアをこじ開けた。彼等の目に恐ろしい光景が飛び込んできた。家具は倒れ、被害者と強盗との間に凄まじい格闘があったことを状況が語っていた。部屋の中央にうつ伏せに、手足を硬直させ、蒼白で瞳を異様なほどに見開いたまま、若いピエール・B**は横たわったまま動かなかった。指には五本の指の跡が深く残っていた。直ちに呼ばれたブルドー医師の報告によれば、襲った者は驚くべき力を備え、異常なほどに痩せて筋張った手の持ち主に違いないという。何故なら首に五つの銃弾の穴のようなものを残した指は、肉を通して互いに触れ合うほどだったのだ。犯罪の動機を思わせるものは何も無く、誰が犯人であるのかも不明。警察は目下調査中。」
 翌日、同じ新聞に次の記事が載った。
 「昨日お伝えした恐ろしい襲撃の被害者ピエール・B**氏は、医師ブルドー氏の献身的な手当て受けて二時間後に意識を回復した。生命に危険はないが、理性についてはひどく懸念されている。犯人に関する証拠は一切無し。」
 実際に、可愛そうな友人は七ヶ月の間狂気に陥ったままで、僕は毎日彼が運ばれた病院に見舞いに行ったけれど、理性の光を取り戻すことはなかった。錯乱した彼の口からは奇妙な言葉が漏れ、あらゆる狂人のように彼も固定観念に囚われていて、絶えず幽霊に追われていると信じていた。ある日、大急ぎで呼びに来た人に容態の悪化を告げられ、僕は瀕死の彼を目にした。二時間のあいだ、彼はとても平静だった。それから突然に押し留める僕等に逆らってベッドの上に起き上がると、両腕を動かし、恐ろしい恐怖に捕らわれているかのように叫んだ。「それを捕まえろ、捕まえるんだ。奴が俺の首を絞める。助けて、助けて!」喚きながら彼は部屋を二周し、そしてうつ伏せに倒れて息を引き取った。
 彼は孤児だったので、遺体をノルマンディーのP**という小村まで運ぶ役目を僕が引き受けた。そこに彼の両親が埋葬されている。ルイ・Rのところでポンスを飲んでいる僕達を訪れ、あの剥製の手を見せた夜に、彼がやって来たのもこの村からだった。彼の遺体は鉛の棺に納められ、四日後、彼に最初の授業をしたという年老いた神父と一緒に、僕は小さな墓地の中を悲しい気持ちで歩いていた。そこに彼の墓が掘られるのだった。素晴らしい天気で、真っ青な空は光輝いていた。土手の茨の茂みの中で鳥が鳴いていた。そこへ何度も、まだ二人とも子供だった僕達は黒苺の実を食べにやって来たものだった。垣根に沿ってかき分けて行き、僕もよく知っている小さな穴から滑り込む彼の姿を、今も目にするような思いだった。それは向こうの、貧しい者達を埋葬する土地の端のところだ。それから、食べた果物の汁で頬や唇を黒く染めながら、僕達は家に帰ったものだった。僕は茨を眺めた。それは黒苺の実に覆われていた。機械的に僕は一粒つまみ、それを口に運んだ。神父は祈祷書を開いて小声で祈りの文句を呟いていた。そして、道の先から墓穴を掘る人夫達のシャベルの音が聞こえた。突然、彼等が僕達を呼んだ。神父は本を閉じ、僕達は彼等が見せようというものを見に向かった。彼等は一個の棺を掘り当てたのだった。鶴嘴の一突きで蓋が飛んだので、僕等は並外れて長い骸骨を目にした。仰向けに横たわり、空洞の目でまだ僕等を見つめ、挑発しているかのようだった。僕は不快な気分になり、どうしてか分からないけれど、ほとんど恐怖を感じた。「ほら」と一人の男が叫んだ。「ご覧なせえ。この野郎、手首を切られてやがる。これが手でさあ」そして彼は体の側の大きな干からびた手を拾い上げると、僕達に見せた。「おい」と別の男が笑いながら言った。「奴さん、お前のほうを見てるぜ、喉元に飛びかかって、てめえの手を取り返そうとしてるみてえだ」「さあさあ」と神父が告げた。「死者は安らかに眠らせておいて、その棺を閉めてください。別の場所に、この可愛そうなピエール氏の墓を掘ることにしましょう」
 翌日全てが終った後、僕はパリへの帰途についた。五十フランを年老いた神父に預け、そんな風に墓を荒らしてしまった男の魂の安息のために、ミサを挙げてもらうようにと頼んだ後で。

『ポン・タ・ムッソン=ロレーヌ年鑑』、1875年




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