第415信 モーリス・ヴォケール宛
Lettre 415 : À Maurice Vaucaire
(*翻訳者 足立 和彦)
解説 年少の駆け出しの文学青年に向けて、モーパッサンが助言を述べた書簡。第60信と合わせて、書簡中に自らの文学観を表明した貴重な一通。何よりもまず独創的であること、そしてそのために正確な観察眼を備えること。それが、モーパッサンにとって作家の絶対条件であった。
後に、『ピエールとジャン』冒頭におかれた「小説論」の中で、フロベールの教えとして同様のことを語っている。なお、文中、シャトーブリアンとあるのはビュフォンの誤り。「小説論」でも同じ間違いをして、後に訂正している。
なお、この書簡について、シュフェルは1886年と推定しているが、マルロ・ジョンストンによれば1883年に書かれたものであるという。Cf. Marlo Johnston, Guy de Maupassant, Fayard, 2012, p. 459 et p. 1214.
モーリス・ヴォケール(1863-1918)は詩人・小説家・劇作家。詩集に『劇的効果』(1888)、小説に『半・大社会』(1902)などがある。1880年に、彼はモーパッサンに詩を送っていた。
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シャテル=ギヨン、7月17日
[1886?]
[1886?]
芸術の規則を確立するのは簡単なことではありません。各々の作家の気質が異なった規則を要求するだけに尚更のことです。私は信じるのですが、「作り出す」ためには、あまり理屈を言い過ぎてはいけないのです。けれども、よく眺め、自分の見たものについてよく考えてみることが必要です。「見ること」、すべてはそこにあります。そして「正確に見ること」です。正確に見るという意味は、自分自身の目で見て、先生たちの目では見ないということです。ある芸術家の独創性は、まずもって些細な事柄の中に見られるのであって、大きな事柄にではありません。取るに足らないような細部、粗野な事物の上に、傑作は作り出されてきたのです。事物に対し、まだ発見されたことのない意味を見いだし、それを個人的な仕方で表現することが必要です。
「小石、木の幹、ネズミ、古い椅子」について話すことで私を驚かすことのできる者は、きっと、芸術の道の上にあり、後には、大きな主題にも相応しい者となるでしょう。
夜明けや、太陽、露に月、若い女性と愛について、これまでにあまりに歌われ過ぎたので、こうした主題を扱いながら、新参者が絶えず誰をも模倣しないでいることは不可能です。
それに加えて、漠然としたインスピレーションは避けなければいけないと思います。芸術は「数学的」なのです。大きな効果は、単純で、うまく組み合わされた手段によって得られます。シャトーブリアンは述べています。「才能とは長い忍耐でしかない」と。
才能とは長い熟考でしかない、と私は信じます。知性さえ備わっているのであれば。
確かに、あなたには詩の資質があり、よく印象を受け止め、事物や概念を内に浸透させることのできる精神をお持ちです。私のささやかな意見によれば、あなたに必要なのは、休まず思考を働かせ、あなたの手段を十分に「利用し」、とりわけ、詩的といわれる「思考」を避けること、そして、正確な、あるいは軽視されてきた、あるいは芸術家がそれを探しに赴いたことのほとんどない事物の内に、詩情を探し求めるということです。
そして、とりわけ、とりわけ模倣してはいけません。自分が読んだものを思い出してはいけません。すべてを忘れることです。そして(私が言おうとするのはとんでもないことですが、絶対的に正しいと私は信じるのです)、十分に個性的になるためには、「誰も崇めてはいけません。」
五十行ばかりでこうした事柄についてお話し、衒学ぶらないことは難しいし、暗礁を避け得たとも思いません。
敬意を込めて握手を。
ギィ・ド・モーパッサン
Guy de Maupassant, Correspondance, éd. Jacques Suffel, Évreux, Le Cercle du bibliophile, 1973, t. II, p. 211-212.
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