モーパッサン 『エミール・ゾラ』

Émile Zola, le 14 janvier 1882



(*翻訳者 足立 和彦)

エミール・ゾラ 解説 1882年1月14日、日刊紙『ゴーロワ』 Le Gaulois に掲載された、モーパッサンによるゾラについての評論。増補・改訂したものが、翌年、カンタン書店「現代有名人」叢書の一冊として出版される。
 文末にモーパッサン自身が語るように、当記事は『ごった煮』掲載前の、いわば宣伝記事ではあるが、手放しでゾラを礼賛するのではなく、好意的に、だが同時に客観的にゾラ作品の特質を説き、また作者の人柄を紹介している。
 十歳年長のゾラに対し、モーパッサンは常に敬意を抱きつつも、創作活動においては自他の差異を明確に意識していた。「ロマン主義者」「詩」等のゾラへの評言も、翻ってモーパッサン自身の文学観を、暗に語っているように窺われる。


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 有名になることを運命づけられているような名前があるもので、響きよく、記憶の中に残りつづける。バルザックを忘れることがあろうか、ユゴーを忘れたりするだろうか、一度、この短く、破裂するようなシラブルが響くのを耳にしたなら? けれども、あらゆる文学者の名前の中で、ゾラの名前以上に勢いよく目に飛び込んできて、深く記憶と結びつくものは、恐らく他にはないだろう。その名は、喇叭の二音のように、乱暴に賑やかしく耳に入ってくるや、荒々しくも響きのよい陽気さで満たす。ゾラ、公衆へのなんという呼び声! なんという目覚めの叫び! 才能ある作家にとって、そんな名を戸籍に授けられるのはなんという幸運だろう!
 かつて一人の人間に、これよりよい名前が付けられただろうか? それはまるで戦いへの挑戦、攻撃への威嚇、勝利の歌声のようである。さて、今日の作家の中で、自らの思想のために、一体、誰が彼以上に猛然と戦っただろう。一体、誰が、不正や偽りと信じる物事を、彼以上に激しく攻撃しただろう。一体、誰が、多くの公衆の、初めは無関心、次いでためらい勝ちな抵抗に対して、彼以上に素早く、華々しく勝利を収めただろうか?
 彼の人柄も才能に呼応している。四十数歳、中柄で少しばかり太り気味、善良であるが頑固そうな様子をしている。多くの十六世紀のイタリア絵画の中に見られるような頭をしていて、美しくはないが、力と知性溢れる優れた性質を現している。短く刈った髪が、とても広い額の上にそそり立っている。真っ直ぐの鼻は、鋏でばっさりといった風に、上唇の上できっぱりと切り取られていて、唇のほうはとても濃く黒い口髭の陰になっている。このふっくらして、しかしながら精力的な顔の下の部分は、短く刈られた顎鬚で覆われている。黒い瞳は、近視であるが、貫くようで、何かを探し求め、しばしば軽蔑するように、しばしば皮肉に微笑を浮かべ、一方で、ある特徴的な皺が、上唇を巻くり上げさせると、ある種奇妙であり、からかっているようにも見える。丸々として力強い様子は、大砲の弾を思わせるものがある。そうした人物が堂々と、二音節のごつごつした名前を捧げているのであり、その音は二つの母音の響きの中で弾けるようなのである。

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 彼の作品について何か言われなかったことがあろうか? さらに何を言わなければならないだろう? その作品もまた同様に荒々しいものだ。文学上の礼儀正しさに関する約束事を引き裂き、破り、輪に入った筋骨隆々の道化師のように、通り抜けて行ったのだった。とりわけこの作家が備えていたのは、適切な語を使う大胆さであり(機知ある人々の微笑むのが見える)、迂言法に対する軽蔑である。彼こそが誰よりもよく、ボワローに倣って言うことが出来るだろう。
私は猫を猫と呼び・・・(1)

 彼はしばしば、この裸の真実に対する愛情を、挑発にまで押し進めるかのようだ。彼の文体はゆったりとして、イメージに溢れ、フロベールのように簡潔にして正確ではなく、テオフィール・ゴーチエのように彫心で、繊細なものでもなく、ゴンクールのように微細に分断され、トゥルヴェールの如く、複雑で、細やかに魅力的なのでもない。彼の文体は過剰であり、激烈で、まるで全てを転がす氾濫した川のようである。ロマン主義の時代の子として、その手法においては、我に反して(彼は後悔混じりに自ら告白している)ロマン主義的である彼は、賛嘆すべき書物を著してきたが、そこには意図せざるも詩の様相があり、それは詩的慣習に従わない、先入見もない詩であって、そこでは何物であれ、現実においてと等しい姿で現れ、そして、作家が自らの内に抱く、大きくはするが常に忠実で誠実な、この真実の鏡に自らの姿をそこに映すと、拡大して写されるが、決して変形させられることはなく、嫌悪を催すか、魅惑的であるか、醜いか美しいかには関係ないのである。
 『パリの腹』は食べ物に関する詩ではないだろうか? 『居酒屋』は酔いについての詩では? 『ナナ』は悪徳の詩ではなかろうか?
 これは一体何であろうか、もし高尚なる詩情、娼婦の驚くべき拡大化でないのなら。――「彼女は、自分の部屋の積み上げられた贅沢品の真ん中に立っており、打ちひしがれた男達が足元にひれ伏していた。恐るべき住処を骨で埋め尽くす、古代の怪物の如くに、彼女は足先を男どもの頭上に乗せていた。そして、破局が彼女を取り囲んだ。ヴァンドゥーヴルの燃え上がった怒り、中国の海に溺れたフカルモンの憂鬱、善良な男として生きることを余儀なくされた、スタイナーの荒廃、満足しきったラ・ファロワーズの愚かさ、ミュファの悲しむべき崩壊、ジョルジュの白い遺骸は、前日出獄したフィリップに監視された。破産と死よりなる彼女の作品は完成した。場末の塵から飛び立った蝿は、社会の腐敗を発酵させ、ただ彼等の上に止まるだけで、これらの男達に毒を注いだ。結構なこと、正当なことだった。彼女は自分の世界、乞食と捨てられた者達との復讐をしたのだ。そして、栄光の中にあって、虐殺の場を照らす朝陽にも似て、これら横たわった犠牲者達の上に、彼女の性が上り、光を投げかける一方で、彼女は見事なる獣としての無意識を保ちつづけ、自らの仕事に無知のまま、いつでも善良な少女であったのだ。」

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 どれほど多くのからかいが、この男性に投げつけられたか、それも粗野で、たいして代わり映えのしないからかいである。飽くことなく、ある作家を屎尿汲み取り人に、友人達を補佐に、作品を肥溜めに喩えて、文学批評をすることは本当に簡単なことだ。この種のはしゃぎぶりは、ところで、自らの力を感じ取る自信家を驚かせることさえほとんどなかった。
 私は、ゾラのために「槍を折る」(訳注 弁護する)ようにとられたくはない。――そもそも、彼は十分に自分を守れるのだし、しばしばそのことを証明してみせた――しかし、私が驚かされるのは、偽善の論理があまりにも我々の内に根を下ろしているために、ある小説家が精力的に、全てを述べる自由、誰もが行っていることを語る自由を要求すると、その作家がひどく罵られるという事実である。本当のところは、我々は自分自身に対して、驚くべき喜劇を演じているのである。何か壮大な言葉、名誉、美徳、正直、等の助けを借りて、我々は、我々自身とすっかり異なったものとしての自分の姿を、誠実な心で想像することが出来るのだろうか? どうしてそんな嘘をつくのか? 誰も騙すことなど出来ないのに! お目にかかる、あらゆるあの仮面の下の、あらゆる顔は既に知れているではないか! 我々は互いに行き違いながら、繊細な微笑を浮かべ、その微笑は告げているのだ、「みんな分かっていますよ」と。我々は耳元で醜聞を、露骨な話、人生の率直な裏面について囁きあう。それなのに、仮に誰か勇気ある者が、力強い声で話したり、静かに、大声で、無関心な口調で、社交界の公然の秘密を語り始めれば、騒ぎが持ち上がり、憤慨が装われ、メッサリーヌ風の羞恥、ロベール・マケールの傷ついた自尊心ということになるのだ。
 文学において、恐らく誰も、エミール・ゾラ以上に憎しみを掻き立てた者はいまい。さらに彼は、残忍で、妥協の余地のない敵を何人も持つという栄誉に浴しているが、彼等といえば、事あるごとに、狂信者の如くに彼を非難し、あらゆる武器を用いるのであり、彼は猪のような鋭敏さでもってそれを受けるのである。彼の毒舌による攻撃は伝説となっている。もしも何度か、彼の無関心にも関わらず、受けた殴打によって死にそうな目に合うことがあったとしたなら、彼は何によって身を慰めえただろうか? 彼より有名で、世界中に名の知れ渡り、その点、敵方でさえも異論の余地のない、そんな作家は存在しない。これほど幅広い名声を謳歌する者は、彼の他にいないのである。
 その上、彼は模範的な労働者である。早くに起床し、朝八時から午後一時まで一息に仕事をする。日中も机の前に座り、夜にまた再開する。世間や噂を敵に回し、もうほとんどメダンを離れることがない。一年の内、九ヶ月はそこに留まっている。
 生活や、周囲を囲む事物の中に、その人の精神の秘密を探ろうとする人にとって、ゾラは一個の興味深い「事例」となることだろう。ロマン主義者に対する血気盛んな敵対者である彼は、田舎でもパリでも、最もロマン主義的な住まいを作り上げた。パリでは、彼の部屋には古代のタぺストリーがかけられ、アンリ二世様式の寝台が広い部屋の中央に進み出るが、部屋は教会の古いステンドグラスで照らされ、彩り豊かな光が、場違いにも思える、無数の空想的な置物の上に投げかけられる。あちこちには昔の布地、古い絹地の刺繍、大昔の祭壇の飾り。メダンにおいては、一層奇妙なことになっている。住居は、方形の塔で、根元にとても小さな家が身を寄せている様は、巨人と連れ立って旅する小人さながらである。庭も、あずま屋も、木陰になった綺麗な小道も、立派な広い花壇もない。ただ小さな菜園がついているが、司祭館の庭のようなもので、そこで人はガラス球を探す。生垣がこの慎ましやかな地所と、鉄道とを分け隔てている。だが「聖域」に入ると、人は驚きっぱなしになる。
 ゾラが仕事をするのは、並外れて大きく、天井の高い部屋で、平野に面したガラス窓が全体を照らし出す。そしてこの巨大な部屋にも、巨大なタピスリーがかけられていて、あらゆる時代、あらゆる国の家具で埋め尽くされている。中世の甲冑は本物かどうか知らないが、日本の驚くような家具や、十八世紀の優美な物々と並んでいる。巨大な暖炉、二体の石像が両脇に並んでいるが、一日で一本の樫の木を燃やし尽くすものだ。コーニスは黄金に塗られ、それぞれの家具には置物がたくさん乗っている。しかしながら、ゾラは少しも収集家ではない。彼はまるでただ買うことを目的に、ごちゃ混ぜに、掻き立てられた空想の赴くまま、視線の気まぐれに任せ、形態や色の誘惑に金を払っているようで、ゴンクールのように、正真正銘の起源や、疑いの余地のない値打ちには気を払わない。
 ギュスターヴ・フロベールは反対に、置物を嫌悪し、この「偏執」を下らない子どもじみたものと見なしていた。彼の家には「古物、骨董」や「美術品」と人の呼ぶところのものは何も見当たらなかった。パリでは、インド更紗のかけられた彼の部屋には、愛情をもって住まわれ、情熱を込めて飾られた住まいに見られる、あの包み込むような魅力が欠けていた。クロワッセの田舎では、熱中して仕事に打ち込む彼の広い部屋は、ただ書物で覆われているだけだった。それから、所々に、旅や友情の記念の品があったが、ただそれだけだった。
 心理学者はここに、興味深い観察対象を見出すのではないだろうか?

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 私はこの短い記事において、ゾラ、「人と生涯、作品」といった研究をするつもりはなかった。そもそも、そうしたものは既に成されているし、絶えず出つづけることだろう。彼の最も親しい友人であるポール・アレクシは、自然主義の長について、彼の知ること全て(彼は全てを知っている)を小さな本にまとめた(2)。私が望んだのは、『ゴーロワ』紙が新しい作品『ごった煮』を掲載するにあたって、ただ何行かで、この偉大で、大変興味深い作家のシルエットを素描してみることであった。この作品は、彼が最も時間をかけた小説であり、書物から書物に渡ってコントラストをつけるという、彼が採用していると思われるシステムにおいては、あの眩いばかりの『ナナ』に次いで、静かな小説になることだろう。

『ゴーロワ』紙、1882年1月14日付




訳注
(1) ニコラ・ボワロー、「諷刺詩 I」、v. 52. (Nicolas Boileau, « Satire I », dans Satires, 1666, v. 52.)
(2) ポール・アレクシ、『エミール・ゾラ、一友人の手記』、シャルパンティエ書店、1882年 (Paul Alexis, Émile Zola. Notes d'un ami, Paris, Charpentier, 1882 ; Paris, Maisonneuve & Larose, 2001.)




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