モーパッサン「創造神」

« Dieu créateur », 1868



(*翻訳者 足立 和彦)

解説 1868年、ルーアン高校哲学級のカイエ・ドヌール(学生の優秀な文章を集めたもの)に収録された詩篇。卒業生の文章を集めた『ルーアン高校』Le Lycée de Rouen (Rouen, Augé et Borel, 1892) に収められる。1868-69年度にモーパッサンはフランス語作文で次席4等賞を得ているが、それがこの詩篇によるものかどうかははっきりしていない。
 エピグラフのジュフロワの言葉にある「人間も進化の一途上でしかない」というアイデアを展開させた作品。孤独な神が地球に巨大な植物や恐竜を産み出すが、失敗作としてこれらを絶滅させ、最後に人間が登場する。人間は世界を我がものとして振る舞っているが、やはり不完全な存在に過ぎないのではないか、と作者は問いかけている。最後の詩節では、神の意志を理解することはできないが、しかしいつでも一抹の希望が存在していると結ばれている。
 イヴトーの神学校を放校になった後、ルーアン高校に入学したモーパッサンは、その頃から盛んに詩作を行うようになる。この詩篇はその時期のものである。平韻、アレクサンドラン(12音節)、倒置の多い詩句と、古典的な形式を遵守しており、使われている語彙の平易さ、および語句の繰り返しの多さに未熟さが窺えるだろう。神についての作品であるが、進化論的な思想と折衷されており、この時点のモーパッサンに敬虔な信仰心が存在したかどうかはいささか疑わしい。一方で「人間は不完全であり、新しい種が到来するかもしれない」という発想には、後年の幻想小説「オルラ」と通じるものが見て取れるのかもしれない。
 なお、「主よ、全能の神よ」から始まる最終詩節が、映画『女の一生』(ステファヌ・ブリゼ監督、2016年)の劇中に引用されている。




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「自然は、次々に試み、もっとも不完全なものからもっとも完全なものへと進み、最後の創造へと到達してはじめて地上に人間が生まれた。
我々の種が滅亡し、掘り出された我々の骸骨が、生きている種にとって、力試しをした自然の粗雑な下描きにしか見えないという日が、どうして来ないことがあるだろうか?」
ジュフロワ(1)


神、この未知の存在の顔を見た者はない
王たちに命ずる王にして空間を支配するが
常に一人でいることに倦んだ。限界を持たない
宇宙の無限性が広大な空間を満たす彼が
いつでも、ひとりで、充足によって
空間と時間の暗い孤独を抱擁することに倦んだ。
かつてあったように常にあり続けることに倦んだ。
永遠の続く限り孤独で力強く
偉大さの消すことのできない印を所持しているが
孤独であることに倦んだ。彼にとって時間は不動で
彼にとってすべての過去には思い出もなく
広大な未来に期するものは何もなく
時間の夜の深い闇の中を進みゆく。
彼にとってすべては等しく、すべては混ざり合う
永遠の現在の永遠の憂鬱の内に。
孤独で力強く、それでいて無力であり
自ら司ることのできない自身の運命を変えられず
何でもできる偉大な神は存在しないということができない!
そしてこの至高の神は、自らの運命に疲れ
その偉大さの内に死を望みもしたことだろう!
永遠の時が過ぎ、常に孤独なまま
彼は完全な永遠がそびえ立つのを目にする!
遂には自分の憂鬱とともに留まることに倦み
彼は夜を輝く星で一杯にした。
空間を不浄のカオスのようなものが漂った
不純な物質から彼は世界を創ったのだ。
長い間、乾燥した塊が常にさ迷っていた
孤独な神のように、昼のない夜の中を。
だが星々は輝き、時々は影の中に
暗い夜の間に美しい火の光線が駆け抜け
追放されし者のように悲しい裸体を隠している
生気のない大地を突然に照らすのだった!

突然に腕を上げると、偉大なる孤独な神は
太陽に火を灯して地球を眺めた!
その時すべては火の激しさに生気づいた
巨大な木が怪物じみた手足をねじり
植物が伸びる、力強く、巨大に
神の最初の試み、不定形な生産物
そして地球は野原や、巨大な緑の森を載せ
広大な宇宙の中で静かに回転しながら
飾り立てた頭の上で、高い森や紺碧の海を
空の中に揺すっていた。
だが神には自分のように裸で悲しいように見えた。
夢想家の神の放つ火がとどろき輝く。
炎の内にすべては飲み込まれて消える。
だが生まれ変わった時、世界は一つの魂を持っていた。
それは全能の息吹を持った、激しい生命
だが混乱し、命と樹液と肉と粘土で出来た
重々しい生物の内に投げ込まれたのだ
不器用な芸術家の不完全な作品のように。
未知の深淵より出でし醜い怪物が
太陽の下、ふやけた肉体を引きずっている。

もう一度身をかがめて、神は地球を眺めた
それは変わらず野生のまま孤独に回っている。
すべては静かで平穏。だが時折
吠える獣が大きな森の中を通り
木を根こぎにし、長い跡を残してゆく
怪物のような背が葉を持ち上げる。
うめきながら進み、青い天空の下
無気力で重たい体をゆっくりと引きずる。
繰り返すこだまによって、その声は弾み
空間を運ばれ、神の玉座にまで届く。
それからすべては黙り、もう目に入るのは
生い茂る大きな木々の緑の波ばかり。
だが変わらずに不満で、この神は雷を投げる
すべては焼かれて灰になり、消滅する。

そして生気が戻る、朱色の血のように
太陽が温める大地の血管の中に。
緑の草や花々が裸の地面を覆った。
木はもう頭を雲の中に突っ込みはしない。
山々は弱々しい灌木に覆われ
若々しい宇宙の中、すべてがより美しく生まれ変わった。
だがある日、突然に、地上のすべてが揺れる
地球はもう荒漠でも孤独でもない
大きな森が震える、なぜなら未知の存在が
奴隷たる宇宙に対し、その裸の腕を上げたのだ。
この存在の足元に世界全体が屈する。
自然を見ながら彼は言う。「私が主人だ。」
太陽を見ながら彼は言う。「私のためだ。」
怒れる獣は恐怖に震えて逃げ出した。
彼は言う。「私のものだ。」空は星に輝く
彼は言う。「神とは私だ。」影はそのヴェールを広げる。
人間は火花で森に火をつけた
そして創造神から秘密を盗んだ
空間に放り出され、一人で、彼は世界を築き上げた。
火、大地、波、すべては彼の法に屈した。
そして彼は歩み続け、六千年前より
横柄な進歩を遅らせるものは何もなく
彼が話す時にはしばしば、彼の望むままに
虚無から生命があふれ出るかに見えた。
だが大地を自らの法の下に置くこの存在は
さ迷える世界の王たることを自任するが
知性で武装したこの途方もない存在は
すべての生命に対して自らの力を行使するが
彼自身は何者なのか? あまりに重々しく
今日の種族の粗描だったあの怪物たちの如く
地下の森を我々が発見するような
至高なる梢を持った巨大な木々の如く
人間もまた不完全な作品に過ぎず
より完全な存在の、下描きや計画なのではないか。
人間は虚無へ向かうのか? あるいは務めを終えて
彼に生命を与えた神の下へと昇ってゆくのか?

おお、あなた方、過去の諸世紀の住者たち
孤独な叫び声を森の偉大な息吹と混ぜ合わせ
我々の住むこの世界に最初に降り立った者たちよ
はしごの最後の一段、それが人間たちであろうか?
あなた方は死滅した諸世紀とともに消え去った。
我々も同じように進むとすれば、我々はどうなるのだろうか?

主よ、全能の神よ、あなたを理解したいと望むとき
あなたの偉大さが目をくらませ、私にそれを禁じる。
私の理性があなたの無限へと昇ってゆくとき
私は疑いと闇の中へと投げ落とされる
そして私にからみつく影の中で、私が掴みうるのは
瞬いては消える束の間の稲光のみ。
だがそれでも私は望む、なぜならあなたは彼方でほほ笑むから!
なぜならしばしば、悲しい灰色の太陽が昇るとき
いたる所に暗いイメージしか見えないときにも
雲の隙間に一筋の日光が注いで
彼方に青空の切れ端を見せてくれるから。
人が疑い、すべてが暗く見えるときにも
魂には一筋の希望の光がさしている。
なぜなら、苦悩の中にあっても
最も絶望する者にも、最も暗い天気のときにも
空にはいくらか青空があり、心にはいくらか希望があるのだから。


Guy de Maupassant, Des vers et autres poèmes, éd. Emmanuel Vincent, Publications de l'université de Rouen, 2001, p. 165-169.




訳注
(1) Théodore Simon Jouffroy, 1796-1842. 哲学者、政治家。高等師範学校でヴィクトル・クーザンに師事した。スコットランド哲学を紹介し、自らも唯心論的心理学を展開した。主著に『哲学論集』(1833)、『美学講義』(1843) など。引用の原典は未詳。




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