モーパッサン
『四旬節に』

En carême, le 21 février 1883



(*翻訳者 足立 和彦)

解説 1883年2月21日、日刊紙ゴーロワ Le Gaulois に掲載された記事 。
 偶然に教会で聞いた説教を契機に、ブルターニュ半島ラ岬での体験を語る構成になっている。
 モーパッサンは1879年9月にブルターニュを旅行した。1880年12月10日の記事「妖精たちの国」"Le Pays des Korrigans" で既にその旅行について語っているが、ここでまた新たに回想している(あるいは1882年7月の旅行の可能性もある)。
「妖精たちの国」と同様に、ここでもブルターニュの土地は、モーパッサンの中で民間伝承と密接に結びついている。古い信仰が今なお息づく土地に対して、郷愁を込めた思いを彼は抱いていた。
 一方、18世紀の有名な説教師による「永遠は振り子時計」の言葉に対し、イメージの不正確さを指摘しているところに、言葉によるイメージの正確さを重視した、小説家モーパッサンの姿を窺うこともできるだろう。


***** ***** ***** *****


 私は気の赴くままに通りを歩いていた。戻ってきた陽気を感じて幸福に思いながら、しなければいけないことは何もなく、何について考えるでもなく、春を間近に感じさせる、今年最初の暖かいそよ風を呼吸するだけのために生きていた。
 通り道に教会があり、女たちが中へ入っていくところだった。お勤めに行く時のあの小刻みな歩み、慎み深く、きちんとした歩みだけれども、後について行きたくさせる歩みで。
 不作法なことは何も言うつもりはないが、私は教会へ行く女たちが好きだ。そこでは、他のどんなところでよりも、彼女たちはくつろいでいる。彼女たちによって、厳かな大建築に、何かしら優しく甘美な感じが添えられる。彼女たちの後ろに座って、敬虔な気持ちのまま衣服の香りを嗅いだり、祈りを捧げる時に首を愛らしく傾けるのを眺めることができる。時々、彼女たちは座り直しながら後ろを一瞥する。恐らく、すぐ近くの背後に誰がいるのか見るためだろう。そんな時、次の鈴の音が待ち遠しく思われるのだ。跪きながら、彼女はもう一度振り向くだろうか?…

***

 一人の司祭が説教壇に立って教えを説いていた。今が四旬節の時期なことを私は思い出した。身廊、側廊を群衆が埋め尽くしている。間違いなく、説教師は評価の高い人物だった。
 彼は地獄について話しながら、ブリデーヌ神父(1)の有名な説教に注釈を加えていた。
 地獄がどんなものかご存知かな? それは振り子時計で、墓場の静寂の中でその振り子は休むことなく二つの言葉だけを繰り返し言い続けているのです。「いつまでも、永遠に。永遠に、いつまでも」と。この恐ろしい運動の中で、神に見放された者が声をあげます。「今、何時ですか?」すると、もう一人の同じように惨めな者が答えるのです。「永遠だ」と。
 私は周りの女性たちのことを忘れ、学校で敬服するように教わるこの文句について夢想しはじめていた。
 永遠が振り子時計! 振り子時計とは! それでは、この振り子時計を思い描いてみることだ! それでは、プリュドム氏(2)が叫んだ時に、どうして笑ったりできようか。
「このサーベルは、我が人生で最良の日であります!(3)
 永遠が一個の振り時計! 奇妙なイメージは正確さを求める精神を狂わせる! しかもその時計の振り子が話すとは? そして永遠の業火にあえぐ追放者が、今、何時かを知りたがる!
 これが、我々を怖がらせ、「永遠」の恐ろしさを描き、我々の魂に永劫の責め苦の恐怖を投げつけようとして、偉大な説教師が見つけ出したものなのである!
 どれほど私は、地獄を思い描き、恐ろしい永遠の拷問を想像した詩人たちのほうを好むことだろう! 私は、苦しみが語られてきた者たちに思いを馳せた。シシュポス、イクシーオーン、プロメテウス、そしてタンタロスこそはもっとも哀れな者である。何故なら、身を食い尽くす宥め難き欲望は、業火や車裂き、ハゲワシの嘴、溶かした鉛よりも残酷なものだからだ。
 私はウェルギリウスの描いた地獄に落ちた者たち、陰鬱なダンテの描いた者たち、責め苦の発明者たちの想像した洗練されたイメージを思った。するとブリデーヌ神父の言葉は、オッフェンバックの陽気なパロディ、(ダンテ・)アリギエーリの歌に並べられた『地獄のオルフェ(4)』の節のように感じられたのである。
 にもかかわらず、雄弁の模範として、この振り子時計は引用される。その振り子は言う。「いつまでも、永遠に!」そして地獄落ちの者が時間を尋ねると、別の者が答えるのだ。「永遠」と、あたかも「午後零時四十分」とでも言うかのように。

***

 それから、地獄についてのブルターニュの詩句の思い出が蘇ってきた。それには、体の中を震えが走るように覚えたものだった。もっとも、それを聞いた時の状況が、私の感動の大きな理由だっただろう。
 私は一人、徒歩でフィニステールを旅行していた。ラ岬に着いた。あの古き世界の果て、あのヨーロッパの先端である。
 裸の沿岸は風に打たれて泣いているようだった。海はかの地では常に荒れ狂っている。それというのもそこで二つの大洋、英仏海峡と大西洋が出会い、互いに争いあっているからだが、その海は、白髪のような泡を揺すっていた。
 突然、並外れた大きさの湾が目の前に現れた。底が長い沼になっている、人気のない不吉な谷の先にそれはあった。それが「死者の入り江」で、水夫たちにとって不吉なこの辺りで溺れた者は、皆そこに流れ着くのである。それはまさしく、地獄への滞在の前の控えの間のようだった。黄色い砂は、平たく悲しげに、花崗岩でできた先端まで続いており、そこでは荒れ狂った波が砕けている。それが大陸の境界なのである。
 私はこの岬に登った。岩の頂上、滑る斜面を、宙に浮くような細道を通って行き、その先端まで行き着くと、黒い割れ目を眺めた。そこに波が流れ込み、渦巻き、とどろき、跳ね上がっていた。この穴は「地獄」とも呼ばれている。
 海から百メートル上にいるにかもかかわらず、泡が吹き散るのが見分けられた。そして、深淵の上に身を屈めて、何か見知らぬ激高に掻き立てられるかのように水が狂乱する様を、じっと眺めたのである。
 それは、まさしく地獄、どんな詩人も描いたことのない地獄だった。この中に突き落とされ、転がり、回転し、四方を石の壁に覆われた奔流の中に沈み、岸壁に放り出され、再び波に取り込まれ、飲み込まれ、また姿を現し、怪物のような波の中で雑然と泡立つ、そんな人間の姿を思い描くと、恐怖に締め付けられるようだ。
 永遠に溺れつづける以上に身の毛のよだつような拷問を、思い描くことができるだろうか?
 それから私は来た道を戻ったが、このイメージに取りつかれたまま、孤立する岬にたたきつける強い風に打たれていた。
 二十分後、私は小さな村に辿り着いた。石壁の陰で聖務日課書を読んでいた年老いた司祭が挨拶してくれた。どこか泊るところはないかと尋ねると、彼は自分の家を申し出てくれた。
 一時間後、二人で扉の前に座って、魂を鷲掴みにするようなこの荒涼とした地方のことを話し合っていた。その時、ブルターニュ人の少年が前を通りかかった。裸足で、長い金髪を風になびかせている。
 司祭が母語で彼を呼び止めると、少年はやって来たが、急に内気になったように、目を伏せ、腕には力がなかった。
 この子があなたに賛歌を朗誦します、と司祭は私に言った。この元気な少年は大した記憶力を持っているので、そこから何かを引き出したいと思っているのですよ。
 そして、子どもは私には分からない言葉を早口でしゃべりだした。寓話を繰り返し唱える少女たちのあのうめくような調子だった。句切れも休止もなく、全体が一つの単語でしかないかのように音節を続け、一瞬止まって呼吸をすると、大急ぎでささやきを続けていく。
 突然、少年は黙った。それが終わりだった。司祭は少年の頬を優しくたたいた。
「結構だよ。さあ、お行き」
 わんぱく坊主は逃げ出した。それから、宿主は言葉をつけ加えた。
「あの子はこの国の古い賛歌を朗誦したんですよ!」
 私は答えた。
「古い賛歌ですって? 有名なものですか?」
「ああ、まったくそうではありません。よろしければ、翻訳してお聞かせしましょうか?」
 そして、老人は力強い声で、説教するかのように活気づくと、脅すような身振りで腕を振り上げ、声を大きくしながら、あの純朴で見事な賛歌を朗誦した。それを聞き取ったままに書き残したいと、私は思ったのである。

***

「地獄! 地獄! それが何か知っているか、漁師たちよ?
 それは炎の赤く燃える竈、その竈のそばでは、閉じられた鍛冶場の火、レンガを染める竈の火もただの煙に過ぎない!
 そこでは光が見えることはない! 火は目に見えない熱のように燃える! そこに希望の余地はない、神の怒りが扉を封印したからだ!
 お前たちの頭の上に火、お前たちの周りに火! 腹が減ったか? 火を食うがいい! 喉が渇いたか? 硫黄と融けた鉄の川から飲むがいい!
 お前たちは永遠に泣きつづけるだろう! 涙は海となり、その海も地獄にとっては一滴の水にもならないだろう! お前たちの涙は火を消すどころか、それを燃え立たせるだろう。そしてお前たちは骨の中で髄が沸き立つ音を聞くのだ。
 そして肩の上でお前たちの首は切られるだろうが、それでもお前たちは生きつづけるのだ! 悪魔がその頭を投げつけあうが、それでもお前たちは生きつづけるのだ! 悪魔はお前たちの肉を炎で焼く。自分の体が炭になるのが感じられるだろう。それでもお前たちは生きつづけるのだ。
 そしてそこにまた別の苦しみがある。お前たちは非難、呪い、冒涜の言葉を聞くだろう。
 父親は息子に言う。「我が肉体の息子よ、呪われよ。お前のために、私は略奪によって富を集めんと欲したが故に!」
 息子が答える。「我が肉体の父よ、呪われよ、呪われよ。あなたが私に高慢さを与え、私をここに導いたが故に」
 娘は母親に言う。「我が母よ、あなたにたくさんの不幸があるように。たくさんの不幸が、堕落の巣窟たるあなたにあるように。あなたは私を自由にし、そのために私が神を見捨てたが故に!」
 母親にはもはや自分の子どもが分からない。彼女は答える。
 「我が娘たち、我が息子たちに呪いあれ。我が娘の息子たち、我が息子の娘たちに呪いあれ!」
 そしてこの叫びは永遠に響きつづける。そしてこの苦しみは永劫である。そしてこの火!… この火…! この火をつけたのは神の怒りである。この火をつけたのは!… 火は倦むことなく、くすぶることもなく、一層に深くまで、お前たちの骨を焼きつづけるだろう。
 永遠!… 不幸!… いつまでも死につづけ、いつまでも苦しみの海に溺れつづける!
 おお、永遠! お前は海よりも偉大な語! おお、永遠! お前は叫びと涙と怒りに満ちている。永遠! おお! お前は厳格だ。おお! お前は恐ろしい!」
 語り終えた司祭は、私に言った。
「恐ろしいものではありませんか?」
 彼方で、不吉な岸壁にぶつかりつづける、疲れ知らずの波の音が聞こえていた。荒れ狂う泡に溢れるあの深淵、陰鬱で空虚な、真に死者の住処たる「死者の入り江」が再び瞼に浮かんだ。そして、悔悛した信者を震え上がらせるような、神秘的な恐怖のようなものが、私の心に重くのしかかるのだった。
 この民衆の古い賛歌のほうが、「永遠は振り子時計である…」という有名な説教師の言葉よりも、美しく、力強いものだと、私には思われるのだ。

ゴーロワ紙、1883年2月21日付




訳注
(1) Jacques Bridaine (1701-1767). 宣教師。雄弁さで有名だった。
(2) Joseph Prudhomme. 風刺画家アンリ・モニエ Henry Monnier (1799-1877) が創作した人物。愚鈍なブルジョアの典型。
(3) Henry Monnier et Gustave Vaez, Grandeur et décadence de M. Joseph Prudhomme (1852), Acte II, Scène XIII, Michel Lévy Frères, 1853, p. 52.
(4) Orphée aux enfers. 『地獄のオルフェ』。オッフェンバックによるオペレッタ。1858年初演。




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