モーパッサン
『妖精たちの国』

Le Pays des Korrigans, le 10 décembre 1880



(*翻訳者 足立 和彦)

「妖精たちの国」掲載紙 解説 1880年12月10日、日刊紙『ゴーロワ』 Le Gaulois に掲載された紀行文 。
 モーパッサンは前年の1879年9月にブルターニュを旅行した。この記事では、フランソワ・コペのバレエ『コリガンの女』 La Korrigane 初演を話の切っ掛けとして、とりわけスシニオ城、カルナックで見たメンヒルの思い出を語っている。
 どこまでも広がる陰鬱な荒野、そこに生きる人々の素朴な生活、そしてその地に生き続ける古来の伝承。モーパッサンにとってのブルターニュは、フランス国内でありながら異質な光景・風習が顕著であるが故に、そのエキゾチックな魅力に惹きつけられる土地であった。とりわけ迷信と、それが掻き立てる恐怖には、強い興味を抱いていた。短編「恐怖」(« La Peur », Le Figaro, 25 juillet 1884) にも、この地を舞台にした逸話が語られている。
 1883年2月21日付『ゴーロワ』紙掲載の記事「四旬節に」« En carême » でもブルターニュ旅行の思い出が語られ、「妖精たちの国」と合わせて、改稿を施した上で、1884年、旅行記『太陽の下へ』Au soleil に「ブルターニュにて」« En Bretagne » として収録されている。
 なおブルターニュの妖精の名前には現在流布しているものと異同が見られる(コリドウェンでなくケリドウェンなど)が、原文をそのまま訳すこととした。

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 私がお話ししたいのは、オペラ座の舞台のことではない。描かれた岩を背景にして傾いたあの舞台の上では、レオタードを着た可愛らしいコリガン(ブルターニュの妖精)たちが、尊敬されるべき禿頭の定期会員の前で回転してみせる。この常連の観客たちは、幕間になると、いそいそと幻想の生き物に挨拶しにいくのだが、この妖精たちはといえば、ブルターニュの荒野に生まれた先祖ほどに野性的なわけではない。
 メラント氏(1)の指揮する精霊たちのことは、金色に塗られた、というよりも塗られすぎた神殿の中に放っておこう。そして彼方へと赴くとしよう。あの荒涼として壮麗な土地では、今も迷信が漂っている。それは霧のように、夜明けとともに平野から追い払われ、あちこちで溶解し、蒸発していくが、それでも沼地の上に長い間留まりつづける。迷信はそこから生まれ出たのだ。
 ブルターニュは思い出が根強く生き続ける国である。その土に触れるやいなや、我々は過去の数世紀の中に生きる。三十人の戦い(2)は昨日のことだ。デュ・ゲクラン(3)は本当に死んだのかと疑問に思うだろう。そしてキブロンの周辺では、虐殺された梟党の血がまだ全然乾いていない。
 私は着いたその日にヴァンヌを離れ、歴史的な城塞であるスシニオ城を訪れ、そこから、ロクマリアケル、次にカルナックへ行き、沿岸を辿りながら、ポン=ラベ、ペンマルク、ラ岬、ドゥアルヌネへと赴いたのだった。
 道は「モルビアン」と呼ばれるあの奇妙な内海に沿って進むが、この海にはたくさんの小島が浮かんでおり、地元の人は、一年の日数と同じほどに数多いと口にする。
 それから私は果てしのない荒野の中を通った。この荒野のあちこちには水の溜まった溝があり、一軒の家もなく、一本の木も生えてはおらず、一匹の生き物も見当たらない。ただ一杯のハリエニシダに覆われていて、この植物は荒れ狂う風に吹かれ、震え、音を立てている。風に運ばれて空を行く雲が、散り散りになりながらうめき声をあげているかのようだ。
 ずっと先で、私はある小集落を通ったが、そこでは三人の汚れた農民と、二十歳ぐらいの大柄な娘が裸足でうろついており、ふくらはぎは堆肥で黒くなっていた。そしてまた荒野があり、人気もなく、裸の地面、沼地で、その先は大西洋へと沈んでいく。海の灰色は、時々泡の光に照らされながら、ずっと向こうまで、水平線を超えて伸びていく。
 そして、この荒涼とした広がりの真ん中に、背の高い廃墟がそびえている。塔をそなえた四角い城塞が、そこに孤立している。ハリエニシダが音を立てる荒野と、波がとどろく海という、二つの砂漠に挟まれるようにして。
 瓦解したこの古い館は、十三世紀に建てられた有名なものである。その名をスシニオという。ここで、イギリス人からフランスを取り返した、あの偉大なド・リシュモン元帥(4)が生まれたのだ。もう扉も残っていない。私は広く寂しげな中庭に入った。櫓が崩れ落ちて、小石の堆積となっていた。階段の残骸をよじ登り、穴の開いた壁を乗り越え、蔦や剥がれかけた花崗岩の塊といった、手に届くあらゆるものにしがみつくことで、ようやく一つの塔の頂上まで辿りつくと、そこからブルターニュを眺めたのである。正面には、未開の平原の一部の向こうに、汚い大西洋が黒い空の下にとどろいている。そして、至る所が荒野であった! 右手の向こうには、モルビアンの海が、裂けた岸辺とともにあり、もっと遠く、ほとんど見えない辺りに、白く輝く染みのようなヴァンヌがあって、雲の間からどのようにしてか差しこんできた日光に照らされていた。さらに、ずっと遠くには、並外れた岬があった。キブロンである!
 それらのすべてが、悲しげで、憂鬱で、嘆かわしいものだった。この陰鬱な空間を走る風は泣き声をあげている。私はまさしく、亡霊の取り付く古い国の中にいた。この壁、丈低くひゅうひゅうと音を立てるこのハリエニシダ、水の淀むこの溝に囲まれた私は、辺りに古来の言い伝えが漂うのを感じていたのである。翌日、私はサン=ジルダを通ったが、そこにはアベラールの亡霊がさ迷うかのようだった。ポール=ナヴァロで、海峡を渡してくれた船乗りの話では、彼の父親は梟党の一員であり、彼の兄もそうであり、司祭であった叔父もまたそうだった。三人とももう死んでしまった… そして、彼は腕を突き出してキブロンを指差した。
 ロクマリアケルで、私はドルイド教の故国へと入った。ブルターニュ人の老人が、カエサルのテーブルという、巨人たちによって持ち上げられた巨大な花崗岩を見せてくれた。彼はカエサルについて、自分が実際に出会った古老であるかのように語った。そして、彼の地に住む誰もがこの農民に似ている。この土地では、偉人の名の木霊は決して薄れることがないのだ。
 絶えず荒野と海との間の沿岸を辿って、夕方、ようやく、ある石塚の頂上から、目の前に広がるカルナックの石の平原を見渡すことができた。
 この石たちはまるで生きているかのようだ! 遠くどこまでも並んでいて、巨大なものも小さいものもあり、四角だったり、長かったり、平らだったり、人の形のようだったり、痩せた巨体や、突き出た腹を持っていたりする。それらをじっと見つめていると、手足を動かし、身を屈め、生きているのが見えるのだ!
 これらの石に囲まれていると、すっかり道に迷ってしまう。時々、壁があって、この花崗岩で出来た人間の群衆の列を遮っている。それを越えると、奇妙な群衆が再び現れ、大通りであるかのように立ち止まり、兵士のように互いに間を空けて立つ様は、幽霊のように恐ろしい。
 そして心臓が高鳴るのだ。精神は我を忘れて興奮し、年代を遡って、迷信じみた信仰に捕われる。
 私はじっと動かず、驚くと同時に魅了されていたので、背後で突然に物音がした時には仰天し、それまで経験したことのない恐怖に息をあえがせた。黒服を着て、脇に本を抱えた老人が挨拶し、私に言った。「我らがカルナックを訪れなさったのですね」私は自分の興奮と、彼が私にもたらした恐怖とを語った。彼は話を続けた。「ここでは、空気中にたくさんの伝説が漂っているので、誰もが何とも分からずにおびえるものです。五年前から、私はこの石の下を発掘しています。ほとんど全ての石が、それぞれに秘密を抱えており、時々、この石たちには魂があるのではないかと思えますよ。街中に戻ると、向こうでは、自分の愚かさが微笑ましく思えます。でもカルナックに戻って来ると、私は信者となるのです。――無意識の信者というもので、特定の宗教ではありませんが、あらゆる宗教が含まれているのです」
 足を踏み鳴らしながら彼は続けた。
「ここは宗教の大地です。過ぎ去った信仰を軽々しく扱ってはいけません。何も死にはしないのですから。我々はドルイド僧の地にいるのですよ。彼らの信仰を尊重しようじゃありませんか!」
 海に沈んだ太陽が、空を赤く染めていた。その光が、我々の隣人である大きな石たちの上にも血を注いでいた。
 老人は微笑んだ。
「実際のところ、この恐ろしい信仰はこの土地では大変に力を持っているので、私はまさしくここで、ある幻を、何と言いましょうか、本物の幽霊を見たことがあるのです。あそこの、あのドルメンの上に、ある晩、今の時刻に、魔女のコリドウェンの姿をはっきりと見ましたよ。魔法の水を沸かしていたのです」
 私は話を遮った。魔女のコリドウェンというものを知らなかったのである。彼は私の無知に憤慨した。
「なんですって! 神ユーの妻、コリガンたちの母親をご存じない!」
「打ち明けますが、知らないのです。伝説でしたら、ぜひそれを語ってください」
 私は一つのメンヒルの上に、彼と並んで腰かけた。
 彼は話し始めた。
「神ユーは、ドルイド僧の父であり、魔女のコリドウェンが妻でした。彼女は三人の子どもを生み、それが、モル=ヴロ、世界一美しい娘であるクレイ=ヴィウ、そして生き物の中で最も醜い、アヴランク=デュです。
 コリドウェンは母性愛から、この恵まれない息子に少なくとも何かを授けたいと望み、予知の泉の水を飲ませることにしたのです。
 この水は一年の間沸騰させなければなりませんでした。魔女はその水を入れた壺の見張りを、盲のモルダと小人のグウィウに任せました。
 一年が経とうとする頃、二人の見張りが気を緩めたために、聖水が少しばかりこぼれてしまいました。滴が小人の指に落ち、小人がそれを嘗めると、たちまち未来を知ったのです。その後、壺が割れてしまいます。コリドウェンがやって来ると、グウィウに飛びかかり、小人は逃げ出しました。
 捕まりそうになったので、もっと速く走るために、彼はウサギに変身しました。でも魔女はすぐに猟犬に姿を変えて飛びかかります。川のほとりで捕まる寸前、小人は急いで魚に変身して、流れに飛びこみました。すると、巨大なカワウソが現れて彼を追いかけます。すぐ近くまで迫って来たので、彼は鳥に変身してどうにか逃れました。今度は、巨大なハイタカが空から降りて来て、翼を広げ、嘴を開きます。それももちろんコリドウェンです。グウィウは恐怖に慄き、麦粒に変身して、小麦の山の上に落ちたのでした。
 すると、大きな黒い雌鶏が駆け寄って来て、それを飲み込んでしまいました。復讐を遂げたコリドウェンが一息ついた時、彼女は新たに妊娠したことに気づきます。
 麦粒は彼女の体内で芽を出したのです。そして子どもが生まれます。ユーはその子を柳でできた揺り籠に乗せ、水に流しました。けれどその子はグユドノー王の息子に助けられ、精霊、荒野の精となりました。それがコリガンなのです。したがってコリドウェンからこそ、すべての幻想的な生き物たち、これらの石に取りつく小人や小妖精が生まれたのです。人の言うところでは、彼らは石の下の穴の中に住んでいて、晩になると外に出てハリエニシダの間を走ります。長い間ここに留まって、この魔法のかかった石に囲まれていらっしゃい。地面に横たわるドルメンのどれかをじっと見つめてご覧なさい。やがて地面が震動するのが聞こえ、石が動くのが見え、コリガンの頭を目にして恐怖に震えなさるでしょう。そのコリガンは額で花崗岩の塊を持ち上げながらあなたを見ることでしょう。――さあ、夕食を摂りに行くとしましょう」
 夜が来ていた。月はなく、真っ暗で、風の音に満ちていた。手を突き出して、そびえ立つ巨石にぶつかりながら、私は歩いた。そしてこの物語、この国、頭の中の考え、すべてが超自然的な調子をともなっていたのだから、突然、足の間をコリガンが駆け抜けるのを感じたとしても、私は驚きもしなかったことだろう。

***

 先日の晩、M・ヴィドール(5)とフランソワ・コペ(6)のバレエの幕が上がった時、少しずつ、オペラ座、魅惑的な踊り子たち、甘美な音楽、隣席の人々、女性で一杯の桟敷席、それらすべてが姿を消して、あの荒涼とした国の一隅に舞い戻ったかのように感じたのだった。神聖な土地、ドルイド信仰とあらゆる奇妙な伝説の故国に足を踏み入れた時には、そこでは信仰がしっかりと息づいているので、その信仰が私たちの体の中にまで染み透るのである。素朴な精神の持ち主たちは、今なおその伝説を信じることで、自分を慰めているのだ。

『ゴーロワ』紙、1880年12月10日付




訳注
(1) Louis-Alexandre Mérante (1828-1887). オペラ座のダンサー、振付師。
(2) ブルターニュ継承戦争の最中、1351年に行われた決闘。
(3) Bertrand Du Guesclin (1320-1380). ブルターニュ継承戦争で活躍した軍人。モーパッサンは韻文歴史劇『リュヌ伯爵夫人の裏切り』の中でデュ・ゲクランを登場させている。
(4) Arthur de Richemont (1393-1458) ブルターニュ公アルチュール3世。フランス元帥として百年戦争後期に活躍した。
(5) Charles-Marie Widor (1844-1937). オルガン奏者、作曲家。
(6)François Coppée (1842-1908). 高踏派の詩人。2幕のバレエ La Korrigane は1880年12月1日にオペラ座で初演。




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