第160信 ギュスターヴ・フロベール宛

Lettre 160 : À Gustave Flaubert



(*翻訳者 足立 和彦)

解説 『詩集』出版に至る裏事情を明かしているこの書簡から、同時にモーパッサンの抱くポエジーの理念を窺い知ることが出来る。「何か物質的なものを歌う」こと。レアリスムの様相の濃いモーパッサンの詩作品は、当時の一般の読者の趣向と必ずしも相容れるものではなかった。一方、日中は役所勤めをこなし、夜に『詩集』や「脂肪の塊」の執筆に専念する苦労を、愚痴のように師フロベールに打ち明けるモーパッサン。彼にとってフロベールは、単に文学だけではない、まさしく人生の師であった。


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文部芸術省
書記課
第一部局
1880年1月

 親愛なる先生、
 お願いがあってお手紙します。私の件で一言シャルパンティエに書き送って頂きたいのです。ただし、その手紙が私に促されたものとは分からないようにお願いします。
 以下に事情を記します。
 上記編集者に詩集の原稿を渡したところなのです。私としては、五月頃にフランセ座か、オデオンに提出しようと考えている小さな劇が受け入れられる助けになるよう、この本が四月には出てほしいのです。シャルパンティエは私に対して決して熱意を持っていないので、断られないとしても、ずっと長い間待たされる危険があります。それというのも、彼が普通に出版するような詩句は、私が彼に預けたものの調子の中にはわずかしか見られないからです。彼はいわゆる詩的なもの、感傷的で無味乾燥なものを好んでいて、詩の領域は星から露まで、そして露から星までだと、もしも何か物質的なものを歌うとすれば、バラとその香りを選ぶものだと決め込んでいるのです(例えばその葉というようなことは決してありません)。彼の書店の大家といえば、トゥリエやデルヴィリーです。
 私が彼に詩の原稿を見せたはずだということをご存知であると、そしてその作品を知っていらっしゃることをおっしゃってください。私の本はとても短いものになるでしょう。ぜひとも早く出てほしいのです。
 大きな作品は『水辺にて』、『最後の逃走』、『田舎のヴィーナス』、それに小喜劇『昔がたり』です。それから百二十行から百五十行の小さな詩が二篇。一つは『愛の終わり』といい、もう一つは『壁』です。これらの詩は何篇かの短い詩によって隔てられますが、その数は全部で十ばかりです。全体は二千行を超えないでしょう。読者を疲れさせるには十分です。
 私はコマンヴィル夫人を訪問しましたが、彼女は病気で中には入れませんでした。もっと早くに行かなければならなかったのでしょうが、でもどうやって? 午後六時より前に役所を出ることはもう決してないのです。訪問するのは本当に不可能です。皆が気を悪くします。どうしようもありません。私が最も親しくしている家庭の者たちは傷ついています。しかしながら、私のような哀れな者にはどれほどに人生は困難で、複雑で、忙しいのかを理解してもらわなくては。六時までは事務所に残り、それからすぐに別の仕事にとりかかるのです。夕食後の訪問では夜の時間を失います。会いに行った人が見つけられない場合は言わないにしても。それから他の理由もあります。私は小説と詩の原稿に励んでいますが、それらは一月には終わるでしょう。そのために全部を放り出しているのです。何もかも。そして本当に、一日に三四時間しか自分が愛していることをする時間がない時、書き始めた作品に最も熱中している、「出産」の時には! 一度も訪問しないまま六週間を過ごしても許されるというものです。けれどご婦人方はそういうことを決して理解しません。ブレンヌ夫人も同じく、この二ヶ月の間悩みの種で、それより長い間私が訪れないので気を悪くして、喧嘩をふっかけてくるし、私を侮辱さえします。とはいえまだ時には彼女の家に行くことが出来ましたが、夕食の時間までに着き、食後はすぐに立ち去るという条件付きです。食卓でおしゃべりし、次には私はいなくなるのです。彼女はとても善良な女性なので、この種の訪問も大変よく受け入れてくれるようになりました。私には夜の時間が勤労のために残されるというわけです。他には家族の者とも十月以来会っていません。最後に、数日中にはコマンヴィル夫人のもとにもう一度出かけて、私に対してのお怒りを鎮めるつもりです。
 さようなら、わが親愛なる先生。敬具。

G. de M.



Guy de Maupassant, Correspondance, éd. Jacques Suffel, Évreux, Le Cercle du bibliophile, 1973, t. I, p. 254-256.


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