モーパッサン 『詩集』

Des vers, 1880



(*翻訳者 足立 和彦
  著作権は執筆者に帰属します。無断転載を禁じます。)

『詩集』 解説 1880年4月27日、出版社シャルパンティエより刊行されたモーパッサン唯一の詩集。19編の詩、および韻文劇『昔がたり』より成る。
 新聞批評では好意的に迎えられるが、直後にフロベールが死去、日刊紙ゴーロワと契約を結び、短編・時評文の執筆を始めて以降、モーパッサンが韻文を綴ることはほとんどなかった。出版時点でモーパッサンは二十九歳、『詩集』は青春の記念碑とも呼べよう。
 十代後半より本格的に始まった詩作は、二十代を通して続けられた。この時期、モーパッサンは自らをもって詩人と任じていた。その詩作品には大胆なレアリスムの適用が見られるが、同時に現実の世界を詩的なものへと変貌させ、純粋化、結晶化しようとする試みでもあった。
 本詩集は1884年に、豪華判として再版されている(5月31日、アヴァール書店)。小説家モーパッサンは、詩人モーパッサンを否定した訳ではなかった点に、注意しておきたい。

  作品リスト
***** ***** ***** *****




Le Mur

窓は開かれていた。部屋には
灯がともり、火事のような光を注いでいた。
強い明かりは芝生の上を駆けていた。
向こうの公園は、オーケストラのメロディーに
応えているかのようで、遠くにざわめきが起こっていた。
葉と干し草の匂いですっかり一杯の
夜の暖かな空気は、柔らかな吐息のように、
やって来て肩を撫で、混ぜ合わせる
木々や平原から発散されるものと、
匂い立つ体から放たれるものとを。そして
振動で蝋燭の炎を振るわせてもいた。
野原の花と、髪にさした花の香りが嗅がれた。
しばしば、広がった影を通して、
冷たい息吹が、きらめきに満ちた空から降りて来て、
私達のところまで、星々の香りのようなものを運んできた。

女達はぐったりと腰を下ろして眺めていた、
口を閉ざし、瞳を潤わせたまま、間を空けては
ヴェールのように、カーテンが膨らむ様を。
そして夢に見る、この金の空を通って、
星々の大海へと出発することを。優しい
愛情が彼女達を締めつける、それは強まる欲望のようで
愛したいと、心が秘めうるあらゆる漠然とした秘密を
愛撫するような声で語ってみたいと思わせる。
音楽は歌い、匂い立つようだった。
空気を香りで満たす夜は、そのリズムに合わせるかのよう。
そして遠くに鹿が鳴くのが聞こえるように思われた。
だが、白い衣服の間を震えが走り抜けた。
皆が立ち去り、オーケストラも止んだ。
それというのも、黒い森の向こう、尖った丘の上に、
枝々の間に点る火のように、立ち昇るのが見えたのだ
樅の木越しに、大きな赤い月が。
それから月は梢に上がり、すっかり丸く、
孤独に、遠い空の底へと昇った。
世界をさ迷う蒼ざめた顔のように。

影になった道を人は散らばって行き
寝静まる水のような、金色の砂の上に、
月は魅惑的な光を振り撒いていた。
穏やかな夜は人々に愛を抱かせ、
視線の奥には火が点る。
そして女達は行く、尊大に、額を俯け、
一人一人が、魂にわずかな月光を秘めて!
そよ風は、罪のもたらす物憂さを運んでいた。

私はさ迷っていた、何故とも知らず、祝祭の気分だった。
小さな鋭い笑い声が、頭を振り向かせた時、
私は突然に、愛する女性の姿を認めた。
ああ! 私は密やかに愛していた、何故なら絶えず
彼女は私の誓いに反抗していたから。
「腕を貸して。公園を一巡りしましょう」彼女は言った。
彼女は陽気で、興奮し、何もかもをからかい、
月は寡婦のようだと主張した。
「終わりまで行くには、道は長すぎますわ。
私の靴は繊細で、化粧をしたばかりなのですもの。
戻りましょう」私は彼女の腕を取り、連れて行った。
その時、彼女は駆け出した、気まぐれに、移り気に。
運任せに運ばれる、彼女の衣服の立てる風が、
突風のように吹いて、まどろむ空気をかき乱した。
それから彼女は立ち止まった、息喘がせながら。そしてゆっくりと、
道に沿って、音も立てずに私達は歩いた。
穏やかに話す低い声が夜の中に聞こえた。
そして影を満たす囁き声の間に、
しばしば口づけの音のようなものが聞き分けられた。
その時、彼女は空にルラードを飛ばした!
たちまち、辺りは静かになった。急いで逃げ出して
行く音が聞こえた。そして無愛想な
一人残されたどこかの恋人が、大胆な者達を毒づいていた。

すぐ近くの木では、ナイチンゲールが歌っていた。
そして遠くの平野から、一羽の鶉が答えた。

突然、強い反射に目を晦ませて、
真っ白な、高い壁が立ち塞がった、
物語の中の鋼の城さながらに。
遠くから我々の歩みを窺っているようだった。
「慎ましいままでいるのには、光があったほうがいいのね」
彼女は言った。「夜には森は暗すぎるもの。
この輝く壁の前に、少しばかり腰を下ろしましょう」
彼女は座り、不平を言うを私を見て笑った。
空の奥では、月も私を笑っているように見えた!
そして二人は一致して、何故だかよくは分からないけれど、
私をからかおうとしているようだった。
それで、私達は青白い大きな壁の前に座った。
そして私は、彼女に言う勇気がなかった、「愛しています!」と。
けれども息が詰まったので、彼女の両の手を取った。
彼女は色っぽい唇にかすかな皺を寄せた。
そして隙を窺う猟師のように、私が近づくに任せた。

黒い道の奥を衣服が通り過ぎ、
怪しい白さがしばしば闇に浮かんだ。

月は蒼ざめた光で私達を覆い、
そして、乳のような光で私達を包むと、
眺める私達の心はうっとりと溶けた。
遥か高く、とても穏やかに、とてもゆっくりと月は滑り、
震えるような物憂さで、私達の内に染み透った。

私は隣の女性を窺い、そして大きくなるのを感じた
痙攣する私の存在の内に、感覚の内に、魂の内に、
一人の女が我々を投げ込む、あの奇妙な苦しみが
我々の内に、欲望の興奮が沸き立つ時に!
毎晩、混乱した夢の中で、
同意を示す口づけ、閉じた瞳の語る「いいわ」、
持ち上げる衣服から発する、愛らしい未知のもの、
動かず、呆然として、身を任せる肉体を目にする時に。
そして現実には、婦人は我々に
弱みを見せる瞬間を捕まえられるという希望しか与えない!

私の喉は渇いていた。熱情に駆られた震えに
捕らわれて、歯がかちかちと鳴った
反抗する奴隷の興奮、そして喜び
獲物のように、高慢にして静かなこの女性を
捕らえることが出来るという力を感じて。突然に
その穏やかな軽蔑を、泣かせてしまうことも出来る!

彼女は笑い、からかい、厚かましくも愛らしい。
彼女の吐息が繊細な霧となり
私はそれに渇く。――心臓が跳ね上がった。狂気に
捕らわれた。――私は腕に彼女を捕まえた。――彼女は怖がり、
立ち上がった。怒って体を抱き締めると、
私は彼女に口づけした、下にした神経質な体をたわませながら、
彼女の目、彼女の額、濡れた唇と髪とに!

勝ち誇った月は、明るく陽気に輝いていた。

既に、血気にはやり、力強く、彼女を捕まえたが、
全身の力で私は押し返された。
それから、取り乱した戦いが再開したのだ
張ったカンヴァスのような壁の傍で。
そして、荒々しく跳ね起きて、我々が振り返った時に、
驚くような、滑稽な光景に出くわしたのだった。
光の中に並外れて大きな二つの体を描いて、
我々の影が奇妙なマイムを演じており、
順々に、近づき、離れ、抱き合っていた。
何か滑稽な芝居を演じているようだった、
怒りに駆られた操り人形の狂ったような身振りで、
キューピッドの諷刺画を滑稽に素描していた。
滑稽に、あるいは痙攣したように身を捩り、
牡羊のように頭をぶつけ合った。
それから、大きな体を再び起こすと、
二本の大きな柱のように、じっと動かなくなった。
時々、四本の巨人のような腕を広げ、
白い壁の上に黒く、互いを押し合った。
そして突然、奇怪な愛情に駆られると、
焼けるような口づけに気を失うかのように見えた。

事が大変陽気で思いもかけなかったので、
彼女は笑い出した。――どうして気を悪くし、
逆らったり、近づいてくる唇を拒んだりするだろう
笑っている時に?――深刻さが失われる一瞬は
燃え立つ心よりも、恋人を助けてくれるものだ!

ナイチンゲールは木で歌っていた。月は
静謐な空の底から空しく探し求めていた
壁の上に我々の二つの影を、そしてもはや一つしか見つからなかったのだ。




日射病
Un coup de soleil

六月のことだった。全てが祭りの中にあるようだった。
群集は騒がしく、心配事もなく行き来していた。
何故だかよく分からないけれど、僕もまた幸福だった。
この騒ぎが、酔いのように、僕の頭を乱したのだ。
太陽は肉体の力を掻き立てた。
丸ごと、存在の奥底にまで飛び込んで来たのだ。
そして僕は、自分の内に沸き立つのを感じた、最初の太陽が
アダムの心に生まれさせた、あの激情。
一人の女性が通り過ぎた。彼女は僕を見た。
どんな炎を、彼女の瞳は僕に投げかけたのか
僕の魂は、どんな熱狂に捕らわれたというのか。
突然に、狂乱の如くに、僕に訪れたのは
彼女に飛び掛りたいという、この腕に彼女を抱き
その唇に口づけたいという、いきり立った欲望!
赤い、血に染まった雲が、僕の目を覆った。
そして、猛り立つ口づけの内に、彼女を捕らえたと思った。
僕は彼女を締め付け、たわめ、のけぞらせた。
それから、突然に、力を込めて彼女を抱え上げると、
僕は足で大地を蹴った。そして太陽に輝く
空宙の中に、一気に、彼女を運び去ったのだ。
体を合わせ、顔を重ねて、僕達は天を進んだ。
そして僕は、絶えず、燃え上がる恒星へと上りながら、
力を込めて、胸に彼女を押し付けていたので、
痙攣する僕の腕の中で、彼女が生き絶えているのを見た……




恐怖
Terreur

その夜、私は誰かの本を随分と長い間読んでいた。
夜遅かった。突然に、私は恐れを感じた。
何に対して? 分からない、だが大変な恐怖だった。
私は理解した、喘ぎ、恐れに戦きながら、
何か大変なことが起ころうとしているのを……
その時、自分の背後に感じたような気がした
誰かが立っていて、その顔は
残忍で、不動の、神経質な笑みを浮かべている。
その間、私は何も耳にしなかった。おお、なんという苦しみ!
彼が私の髪に手を触れようと身を屈め、
その手を私の肩に置こうとしているのを、
そしてもしその手が触れれば、死んでしまうと感じるというのは!……
絶えず彼は私に身を屈め、絶えず近づきつつあった。
そして私は、永遠の救いのためなら、体を動かすことも、
頭を向けることもしなかっただろう……
嵐に打たれた鳥達のように、
私の思考は、恐怖に狂ったようにさ迷っていた。
死の汗が私の体を隅々まで凍らせた。
そして部屋の中には何も聞こえなかった
恐怖に打ち鳴らされる自分の歯の音を除いては。

突然、弾けるような音が鳴った。驚愕に狂わんばかり、
決して生きる者の胸から出たこともないような
これ以上ない凄まじい唸り声を上げると、
私は仰向けに倒れた、硬直し、身動き一つないままに。




征服
Une conquête

一人の青年が大通りを歩いていた。
何も考えずに、一人早足に行き、
ぼんやりとした視線に捉えることもなかった
通り過ぎる笑い声が誘惑するあの娘達をも。

だがとても甘い香りが突然に彼を襲ったので
彼は目を上げた。神々しい一人の女性が
通り過ぎた。率直に言って、彼には首しか見えなかった。
ほっそりとした体の上、しなやかに丸みを帯びていた。

彼は彼女を追った。――何故か?――理由もなく。人は追いかけるもの
小走りに逃げてゆく、可愛らしい凹足や
過ぎ行きながら小刻みに揺れる、白いスカートの端を。
人は追いかける。――愛の本能が我々を追い立てるのだ。

彼女の靴下を眺めながら、彼は彼女の生い立ちを探した。
優雅な女性?――多くの者がそうだけれど。――運命は
彼女を高貴な家に生まれさせたか、それとも下層に?
貧しく淫らなのか、あるいは貞淑で裕福なのか?

ところが、足音が追いかけてくるのを耳にしたので、
彼女は振り返った。――見事だった。
彼は心に絆のようなものが生まれるのを感じ、
話しかけたいと思った、耳は

魂への道だとよく知っていたので。――二人は隔てられていた
通りの曲がり角辺りの人だかりに。
暇な野次馬たちを十分に罵って
おのが奥方を探した時には、彼女は既に消えていた。

まず彼が感じたのは真の憂鬱、
それから、罰を受けた魂のように、あちらこちらへとさ迷い、
ワラス式水飲み場で額を冷やすと、
夜には随分早く、眠りに帰った。

彼の魂はあまりにうぶだとおっしゃるのでしょう。
もしまったく夢を見ないなら、何をするというのです?
風が音を立てる時には、魅力的ではないでしょうか、
火の傍で、美しい見知らぬ女性を夢見ることは?

この短い瞬間のために、一週間、彼は幸福だった。
彼の周りを、輝く夢想が群を成し
恋する心の内に絶えず呼び覚ます
最も甘美な思いと、最も甘美な偽りとを。

彼の夢想は荒唐無稽で馬鹿げたものだった。
果てしもなく偉大な冒険を打ち立てた。
魂が純情で、若い血が沸き立つ時には、
我らの希望は、とんでもないぺてんにも没頭するもの。

彼は彼女を見知らぬ国々に追い求めた。
揃ってギリシャの平原を訪れた。
そして古代のバラッドの詠う騎士のように
稀なる危険から、いつでも彼女を救い出した。

時には山の壁面や、断崖の淵へと、
二人は赴き、甘い愛の言葉を交わした。
しばしば彼は最適な時を選び
口づけを奪うことが出来た、いつでもそれが与えられた。

それから、互いに手を取り合って、扉に身を寄せながら、
ギャロップで駆ける駅馬車に運ばれ、
夜の間中、そこで夢を見続けていた、
何故なら月は輝き、水辺に姿を映していたから。

時には彼は見た、夢見がちな女城主たる彼女は、
ゴシック様式のバルコンの、装飾を施した手すりにもたれる。
時には、狂ったように敏捷に、平原を追ってゆく
速足の猟犬か、鷹の飛翔を。

小姓たる彼は、彼女に愛される機知を備えていた。
老いた男爵の奥方は、すぐにも不実さを見せた。
彼は彼女にどこまでも従って行き、音のない大きな森の中
おのが女城主とともに、いつでも道に迷うのだった。

一週間、彼はそんな風に夢を見た。
大の親友達にも、ドアを開けはしなかった。
誰も迎えず、時折は夜に、
人気のない古いベンチに、一人、座りに行った。

ある朝、まだ早い時刻に、
彼は目覚め、あくびをして目を擦った。
友人達の一団が、部屋へと押しかけて来て
皆が一度にしゃべり、陽気な叫び声を上げた。

その日の計画は田舎へ出かけ、
ボートに乗り、森をさ迷い、
善良なブルジョア達を憤慨させ、
草の上で、アイスやシャンパンで食事すること。

最初、彼は答えた、完全なる軽蔑を込めて、
君達のお祭りは、僕には全然魅力がないと。
だが騒がしい一群が出て行くのを目にし、
一人になると、突然に考え直した

花咲く土手に腰を下ろし、夢想するのは心地よいだろう
ささやきながら流れ、逃げてゆく水は
悲痛な夢想を物憂く掻き立ててくれる
流れが運んでゆく枯れ枝のように。

そして、魅惑的で深い陶酔であるだろう
気まぐれに駆け、胸一杯に吸い込むのだ
草原から山へと吹く、広く自由で汚れない空気や
干草のきつい香り、波の冷たさを。

岸辺はささやき、魅惑的な音を立てるだろう
漕ぎ手の歌声に、傷もいやされるだろう、
そして精神はさ迷い、やさしく漂う、
川の流れのように、思想の流れに乗って。

そこで彼は召使を呼び、ベッドから飛び出すと、
服を着て、食事をとり、駅へと向かい、
穏やかに煙草を吹かしながら出発し、
やがてマルリーで仲間達を見つけた。

夜の涙に平野はまだ濡れていた。
軽やかな霧がまだ遠くを漂っていた。
陽気な鳥達が歌い、麗しの黄金の太陽は
さわやかに澄んだ水面に、溢れる輝きを投げかけていた。

樹液が上り、木々が緑に覆われ、
四方から偉大なる生命が湧き上がる時、
朝陽に向って全てが歌い、輝きを放つ時には、
体は喜びに満ち、魂はふくらみ上がるもの。

確かなことには、彼は気高く食事をとり、
ワインの酔いがいくらか頭に上った。
田園の空気が最後には心をお祭り気分にした
連れられて川の流れに乗り出した時には。

ボートはゆっくりと漂っていった。
かすかな風が葦を囁かせていた
か細く、歌声上げるこの群は、岸辺に育ち
清澄な水の胸の内から精気を吸い上げる。

漕ぎ手達の番が回ってきた。習慣どおりに、
リズムに乗った彼等の歌が、辺りにエコーを響かせた。
そして、声に導かれながら、泡立つ白い水の中に
絶えず、櫂が潜ってゆくのだった。

最後に、料理にありつこうと考えている頃、
突然に別のボートが彼等の傍を通って行った。
隣の舟から発された鋭い笑い声が
我が恋する男の心へとまっすぐに飛んできた。

彼女! 舟の中に! 仰向けに身を伸ばし、
舵をとりつつ、歌いながら過ぎてゆく!
彼は呆然とし、蒼ざめ、動悸は激しかった
彼の「美」が川の上を逃げてゆく間。

夕食の時にはまだ悲しかった!
皆は小さな宿の前に止まった
魅惑的な庭の中、葡萄棚に囲われて、
ボダイジュの陰、岸辺に沿っていた。

だが他のボート漕ぎ達が先に来ていた。
とんでもない大声で罵りをぶつけ、
大騒ぎをしながら、テーブルを用意しており
力強い裸の腕で、時にはそれを持ち上げるのだった。

彼女は彼等と一緒にいて、アプサントを飲んでいた!
彼は押し黙った。――ふしだらな女は微笑み、
彼を呼んだ。――彼は驚いたまま。――彼女は続けた。
「おばかさん、本当にあたしを聖女だとでも思ったの?」

さて、彼は震えながら傍に寄った。彼は食事をした
彼女の隣で。そしてデザートの時になっても驚かされた
高貴な家柄の出と想像することができたことに。
何故なら彼女は魅力的で、陽気で、善い娘だったから。

彼女は言った。「お猿さん」「ネズミ君」「猫ちゃん」
フォークの先を差し出して彼に食べさせた。
二人は出かけた、夜になって、こっそりと。
どこのベッドで彼が眠ったかは誰も知らなかった!

純朴な心を持つ詩人たる彼は真珠を探していた。
まがい物の宝石を見つけ、それを取ると、うまくやった。
あの昔の金言が示す良識に僕は同意するわけだ。
「ツグミが無い時には、クロウタドリで我慢するものだ。」




雪の夜
Nuit de neige

広い平原は白く、動きもなく、声もない。
物音もなく、何も聞こえない。全て生命は消え果てた。
だが時々、陰鬱な嘆き声のように、
行き場のないどこかの犬が森の隅で吠えている。

空にはもはや歌もなく、我等の足下には藁さえもない。
冬はあらゆる花の上に襲い掛かった。
葉を落とした木々が地平線に立ち上がらすのは
さながら亡霊達のようなその白い骸骨。

月は大きく蒼ざめ顔に道を急いでいる。
峻厳なる広大な空にあって、凍えているのだとも言えよう。
陰鬱な視線を地上に走らせ、
そして、何もないのを目にすると、我等から別れようと急ぐ。

そして月が投げかける光線は、冷たく我等の上に降り、
立ち去りながら振りまく、幻想的なる明かり。
そして雪は遠くに、青白い光の
奇妙な反射に、不吉に輝く。

おお! 小鳥達にとっても恐ろしい夜!
凍った風が震えては道を走る。
彼等は、木陰なる揺り篭に避難も出来ず、
凍りついた脚の上で眠ることも出来ない。

霜の覆う大きな裸の木立の中
彼等はそこにいる、震えながら、何物にも守られずに。
不安気な目で雪を眺め、
夜明けまで、決して訪れぬ夜を待っている。




チュイルリー公園の
愛の使い
Envoi d'amour
dans le Jardin des Tuileries

おいで、幼子よ、僕が愛するお前の母は
お前が遊ぶのを見にあのベンチに座ったところ、
顔色白く、人が己のキマイラを夢見るような髪は
夜の星々に黄金に染まったかのようで。
ここへおいで、幼子よ、ばら色の唇を
青い大きな瞳を、縮れた髪を差し出したまえ
口づけの荷を持たせてあげるから。
夜が閉じ、彼女の傍に戻り
お前の腕があのひとの首にからみつく時、
唇に、髪の上に、彼女が感じ取るように
火傷のように熱い何かを!
愛の欲求のように甘美な何かを!
その時にあのひとは言うだろう、体震わし、
心が身を守ろうとする、この愛の呼び声にかき乱されて
お前の巻き毛の頭の上に、僕の口づけを受け取りながら。
――「この子の額に感じるのは、一体何だというのかしら?」




野雁
Les Oies sauvages

全ては無音、鳥達ももう声を上げない。
陰鬱な平野は、灰色の空の下遠くに白い。
ただ、黒い大烏達のみが、獲物を探して
嘴で雪を漁り、そのほの白さに染みを作る。

今、地平線上に騒ぎが持ち上がる。
近づき、やって来る、それは雁の群。
投げ出された矢のように、皆が、首を伸ばし、
絶えずより速く、取り乱したような飛行を続け、
通り行く、音立てて翼で風を打ちながら。

空の巡礼者達を導く先導者は
海の、森の、砂漠の彼方、
遅すぎる進み具合を急き立てるかのように、
しばしば、鋭い叫びを上げる。

二重のリボンのように、隊列は波を打ち、
奇妙なざわめきを立て、空に繰り広げるのは
翼持つ大きな三角形、広がりながらなおも飛び行く。

だが平野に散らばる、彼等の囚われの兄弟達は、
寒さに痺れたまま、重々しく歩んで行く。
襤褸を着た子供が、口笛吹きつつ進ませるのは、
ゆっくりと揺れる、重たげな船のよう。
過ぎ行く種族の叫びを聞きつけ、
頭を立て、そして去って行くのを眺める
空間を横切る、自由なる旅行者達を。
囚われの者達は、突然に、出発のために身を起こす。
空しくも非力なる翼を打ち下ろし、
そして、脚の上にすくりと身を立て、混乱の内にも感じ取る
あてどないこの呼び声に対し、大きくなりつつ持ち上がるのは
眠る心の奥底の、原初の自由、
空間への、暖かい岸辺への熱狂。
雪積もる平野を彼等は狂乱のまま駆ける、
そして空に絶望の叫びの声を上げながら
野生の兄弟達に向け、いつまでも答え続ける。




発見
Découverte

僕は子供だった。僕は愛した、偉大な戦争、
「騎士達」や、彼等の重たい甲冑、
そして勇者達、彼方で斃れた
聖なる墓を購わんとして。

イギリス人リチャードは僕の胸を高鳴らした。
そして僕は彼を愛した、征服の後
彼は戻って来た、勝利者としてその腕で、
首かせを断ち切ったのだった。

一人の「美女」から旗を手に取った。
一本の棒が僕の三日月刀だった。
それから僕は戦場へ出かけた、花が咲き、
芽吹いていて、僕はそれらを地面に撒いた。

自由に風吹かれる空が僕の領地だった
苔むしたベンチ、そこに僕の王位は立てられた。
野心的な王達を軽蔑し、
緑の小枝で、王冠を作った。

僕は幸福でうっとりしていた。でもある日
一人の女の子がやって来るのを目にした。
僕は差し出した、僕の心、僕の王国、僕の宮廷と、
僕がスペインに持っていたお城とを。

彼女は緑のマロニエの下に座った。
その時、僕は見たと思った、彼女があまりに美しかったので、
彼女の青い瞳の中に、別世界のようなものを、
そして彼女の傍で、僕はぼんやり夢想に耽っていた。

どうして夢と陽気さを投げ出したりしたのだろう
このブロンドの少女を眺めているうちに?
どうしてコロンブスはあんなに苦しんだのだろう
霧の中に、新世界を垣間見た時に?




鳥刺し
L'Oiseleur

鳥刺しキューピッドは道をゆく
丘が花盛りの頃に、
藪や平野を掻き分けて。
そして毎晩、籠は一杯
彼が捕まえた鳥達で。

夜が消えるとすぐに
彼は来て、注意して糸を張り、
あちこちに鳥もちを投げ、
それから、跡を隠すために
燕麦や粟をまく。

生垣の下に待ち伏せて、
小川のほとりにうつ伏せに、
樹木の下を這ってゆく、
自分の足で、素早い小鳥達を
怖がらさないかと心配して。

鈴蘭やつる草の下
いたずら坊やは罠を隠す、
あるいは白いサンザシの下
そこに雪崩のように落ちて来る
ヒワ、ベニヒワ、アトリ達。

時々は、緑の柳や
ローズマリーの細枝で
罠を仕掛け、様子を窺う
ほろ酔い気分の小鳥達
粟粒をついばみにやって来る。

うっとりと、陽気で、敏捷に、
やがて小鳥が近づいて来て、
無垢な様子で眺めてから
大胆に、危険な餌の味をみると、
網に脚を捕まれてしまう。

そして鳥刺しキューピッドは連れ帰る
瑞々しく花咲く丘から遠く、
藪からも平野からも遠く離れて、
そして毎晩、籠は一杯
彼が捕まえた鳥達で。




祖父
L'Aïeul

祖父は死に瀕していた、冷たく硬直して。
彼は九十歳だった。
蒼ざめた額の白さは
白いシーツの上になお白かった。
大きな色薄い目をかすかに開くと、
彼は話し始めた、その声は
遠く、ぼんやりとして、喘ぎ声のよう
あるいは、森の奥の息吹きのようだった。

思い出だろうか、夢だろうか?
太陽輝く明るい朝に
木は樹液の下に沸き立ち、
我が心は、鮮紅の血に脈打った。
思い出だろうか、夢だろうか?
人生はなんと甘美で短いことか!
思い出す、思い出す
過ぎ去った日々、昔の日々!
私は若かった! 思い出す!

思い出だろうか、夢だろうか?
波は感じる、震えが走るのを
潮風の立つ度に。
我が胸はあらゆる望みに震えた。
思い出だろうか、夢だろうか?
我等を奮い立たせるあの熱い息吹きは?
思い出す、思い出す!
力と若さよ! 賑やかな幸福!
愛よ! 愛よ! 思い出す!

思い出だろうか、夢だろうか?
我が胸は騒ぎに溢れる
波が浜辺に音立てる、
思いはためらい、我を去る。
思い出だろうか、夢だろうか?
今始めるのか、もう成し遂げたのか?
思い出す、思い出す!
身内の者達の傍に私は横たえられよう。
死よ! 死よ! 思い出す!




欲望
Désirs

ある者達にとっての夢は、翼を持ち、
大声を発しながら空に上がり、
指の間に、しなやかな燕を掴んでは、
夜には、暗い空の中に消えること。

別の者が望むのは、離した二本の腕を回し、
相手の胸を押しつぶすことが出来ること。
そして、腰を曲げもせず、鼻面を捕まえて、
一撃で、猛る馬を止めやること。

けれども僕が望むのは、肉体的な美だ。
僕は古代の神々のように美しくなりたい、
女達の心に、永遠の炎が留まればいい
照り輝く僕の体の遠い思い出に。

僕に対して、どんな女性も貞淑でなければいい、
今日、一人の女性を選び、明日はまた別の彼女。
何故なら、通りすがりに愛を摘み取りたいから、
手を伸ばして果物を摘み取るかのように。

噛み締めると、異なった味がするもの。
多様な香りが一層甘美さを際立たせる。
あてどもなく僕の愛撫をさ迷わせたい
黒髪の額から、赤髪の額へと。

僕がとりわけ熱望するのは、通りでの邂逅、
視線が解き放つ、あの情熱的な肉体、
一時間だけ、すぐに消え去るつかの間の征服、
ただ偶然の好みに任せて交わされる口づけ。

朝には褐色の女の目覚めるのを眺め、
万力のように強い力で、腕に締め付けられたい。
そして夜には、低い声で語るのを耳にしたい
ブロンドの女性、その額は月光に銀に輝いて。

それから、心乱すこともなく、噛むような後悔もなく、
軽やかな足取りで、別の幻へと向かうこと。
――この果物には、歯をつけるだけにしなくてはいけない。
奥には苦味があるものだから。




十六歳の散歩
Promenade à seize ans

大地は空に向かって微笑んでいた。緑の草は
まだ露の雫に覆われていた。
世界中で、僕の心の中で、皆が歌っていた。
茂みに隠れた、からかい好きのツグミが
鳴いた。――僕を笑って?――そんなことは思いもよらなかった。
僕達の両親は喧嘩していた、朝から晩まで
戦争状態だったから。もうその理由は分からない。
彼女は花を摘みながら、僕の傍を歩いていた。
僕は坂を上がり、苔の上に腰を下ろした
彼女の足下に。僕達の前には赤茶けた丘が
太陽の下、地平線へと続いていた。
彼女は言った。「――ごらんなさい、この山、この黄色い
芝生、旅人に逆らう、あの急流を!」
僕は何も見ていなかった、彼女が美しいということを除いては。
その時に彼女は歌った。――どれほどその声を愛したろう!
引き返して、森を通らなければならなかった。
若い楡の木が倒れ、道をすっかり塞いでいた。
僕は駆けた。天蓋のように宙に支え上げた
すると、緑のドームに額を覆われながら、
美しい子どもは微笑みながら木の下を通った。
お互いを傍に感じて感動しつつ、内気なまま、
自分達の足先と濡れた草とを眺めていた。
僕達の周りの野原は静かだった。
時々、言葉もかけずに、彼女は目を上げた。
その時、僕には思えた(きっと僕は間違っているんだろう)
僕達の若い心に、僕達の視線が、たくさんの別の思いを
生まれさせたと。そして、目は小声ながら、僕達よりも
ずっとうまく話し合い、口には出来ないことを告げていると。




慎みのない請願
Sommation sans respect

あなたの旦那はほとんど知りませんでした、奥様。
太っていて醜かった。ただそれだけでしたとも。
でもある女性を愛している時に、気を悪くすることはありません
夫が片目で、がに股で、リウマチ持ちであろうとも。

この者は無害な上に愚かに見えました
危険であるにはあまりにも小さすぎて、
私達二人の間に、立ったままでもいれたでしょう
彼の頭越しに、私達は愛し合うわけです。

それから、つまり私にとっては問題ではなかった。でも今日になって
あなたのお心に、よく分からない気まぐれが訪れました。
誓い、義務、犠牲などとおっしゃり、
そして永遠の後悔とまで!……それは全部、彼のためなのですか?

よくお考えなのですか、奥様? それではあなたは、ご自分が、
若く、美しく、心は希望に膨らむあなたが、
あなたを冒涜する、あの醜男の傍で
毎日を生き、毎夜を過ごすために生まれたとお思いなのですか?

なんと! 一瞬でも後悔をお感じになることがあるでしょうか?
あのおめでたい小男を、騙すことなどできるでしょうか、
思うに、心も体も意気地なしで
子孫を残すことが出来たら驚きだというのに。

御覧なさい、奥様、穴の開いた彼の目は
松脂の樽に開く、二つの小さな穴みたいです。
手足は短かすぎ、発育不全のようで
びっくりするような腹に、胸が埋まっていて、

あらゆる機会に、彼の邪魔をするのです。
食事時には、首にナプキンをかけて
シャツの飾りを汚さないようにする
もっとも煙草の匂いが染み付いている、嗅ぎ煙草をやるもので。

一度客間に入れば、暗い隅に一人、
距離を空けて座るか、こそこそと立ち去って、
台所の暖かい竈の傍へ、何故なら
消化の最中、オルガンのように鼾をかくのを承知なので。

落ち着いて言葉遊びをやらかします。
あなたを呼ぶには「子猫ちゃん」それに「かわい子ちゃん」
そして栄誉と評判のためには、
揉め事の際には、相談すべき隣人でいたいのです。

あちこちで、あれは実に勇気ある男だという。
秩序を守り、注意深く、賢く、倹約家で、
女中を監視し、ふくらはぎをつまむが、
それより上には行かない……彼女は彼を醜いと思っている。

彼は蝋燭を隠し、砂糖を大事にしている。
喜んで、自分の靴下を縫おうとする。
そして、心はお金への愛情で一杯にも関わらず、
恐らくはあなたも愛しているのでしょう。いずれにせよ

ロバが詩を理解するほどにも、彼はあなたを理解しない。
あなたの傍に暮らすが、あなたと一緒にではなく、
私があなたを愛していると、突然、彼に告げたとしても
嫉妬するより恐らくは、自慢に思うことでしょう。

息を吹き込み、膨らましなさい、この太っちょの見張り人を、
愛の上に乗せかける、このグロテスクな案山子を、
木で出来た人形を、木の間に差すように
鳥達も、最初だけしか驚かない。

もうすぐ私は、この腕にあなたを抱くでしょう。
抑え難く、私達はお互いに向かって行きます。
二人の間に、この風船旦那が留まっているように、
私達の抱擁で、破裂させてしまいましょう!




月光の歌
ある小説のために作られしもの
La Chanson du rayon de lune
faite pour une nouvelle

僕が誰だか知ってるかい?――月の光さ。
どこから来たか知ってるかい?――上をご覧。
僕の母は輝いて、そして夜は赤茶色。
木の下を這い、水の上を滑る。
草の上に伸び、砂丘を走る。
黒い壁、カバノキの上を昇ってゆく、
お宝を探す泥棒のように。
僕は決して冷たくない。僕は決して熱くない。
とても小さい僕だから
誰も通れない所へも。
ガラス窓に額をつけて、
秘密の場面をつかまえる。
あちこちで横になり、
森に住む動物や、
うっとり歩く恋人達、
より愛そうと、僕を追う。
そして、空に消えた後には、
心に長い後悔を残す。

ナイチンゲールにムシクイは
楡の木や、松の木の
梢で僕に歌を歌う。
ウサギの巣穴を
覗き込むのが好きなんだ。
すると、家から出て来ては
すぐさまぴょんと飛び跳ねて、
それぞれお出かけ、駆けてゆく
道から道へと横切って。
谷の切れ目の底のほう
ダマシカ達を目覚めさす
それに怯えた牝ジカも。
彼女は黙って嗅ぎ当てる
隙を窺う狩人は
死を両手に抱いている。
あるいは大きな牡ジカが
秘密の恋を待ち望み
遠くから呼ぶ、その声を。

母さんが持ち上げる
泡立つ波を。
僕は起きて
それぞれの浜に
火を揺らす。
それから眠らす
影になった木々を。
僕の短い明かり
くぼんだ道では
時には剣のよう
臆病な旅人達には。
陽気な心に
夢を与え
不幸な心に
つかの間の休息を。

僕が誰だか知ってるかい?――月の光さ。
どうして上からやって来たかは?
黒い木々の下、夜は赤茶色だった。
君は道に迷い、水に滑り落ちそうだった。
森の中をうろつき、砂丘をさ迷い
影の中、カバノキにぶつかったり。
君に道を教えてあげようと思う。
それで空からやって来たのさ。




愛の終わり
Fin d'amour

陽気な太陽は目覚めた野原を暖めていた。
静かな葉陰には愛撫が漂っていた。
欲望に向かって、匂い立つ萼を差し出しながら
まだ露の雫をきらめかしつつ、
花々は、美しい昆虫達に取り巻かれ、
閉じた喉の中の蜜を飲むに任せていた。
止まって身を休める幅広の蝶が
羽のはばたきで疲れさせもする。
どちらが生きているのかと思われた
何故なら昆虫は命ある花のようであったから。
愛情の呼び声が風の中に響いていた。
全てのものに、暖かい夜明けの下、愛する者がいるのだった。
陽がのぼってゆく薔薇色の靄の中に
つがいの雲雀が歌うのが
種馬が活き活きとした愛にいななくのが聞かれ、
くるくる回りながら心を差し出しつつ
灰色の小ウサギは森の外れへと跳ねてゆく。
愛に溢れる喜びが、広がり、力強く、
高まってゆく熱気を地平に撒き散らしながら、
全ての心を揺さぶるためにと、あらゆる声を捕らえるのだった。
小さな群が住む木々の
枝々に迎えられ、守られている
埃の塵にも似たあのもの達、
我々の目には見えない生き物達の集団、
ほっそりした芽も彼等には広大な国土、
朝陽の光に、愛の原子を混ぜ合わせる。

二人の若者が進んで行く静かな道は
田園を覆う収穫物に埋もれていた。
彼等は腕も組まず、手も握っていない。
男は連れの女に目を上げもしなかった。

土手の裏側に腰を下ろして彼女は言った。
「ねえ、あなたがわたしをもう愛していないとよく分かったわ」
彼は答える代わりに身振りをした。「僕が悪いとでも?」
それから彼女の傍に座った。二人は並んで思いに耽った。
彼女が続けた。「一年! たった一年だわ! 今はもう
どうしてあの永遠の愛は去ってしまったというのでしょう!
あたしの魂は、まだ優しい言葉に震えているのに!
我を忘れた愛撫に、あたしの心は燃えているのよ!
なにが一日で心を変えてしまったというの?
昨日はあたしを抱いてくれたわ、愛するひと、その手が
今日は、あたしに触れるとすぐに逃げてゆくみたい。
どうしてもう唇にキスしてくれないの?
どうしてなの? 答えて!」――彼は言った。「僕に分かるもんか?」
彼女は彼と視線を合せ、そこに読み取ろうした。
「――どれほどあたしを抱いてくれたか
抱擁はいつも長い夢のようだったことを覚えていないの?」
彼は立ち上がり、上の空の指の間に
細い煙草を回しながら、うんざりした声で
「――いいや、もう終わったんだ」と言う。「後悔して何になる?
過ぎ去ったことは思い出さないものさ、
もうどうしようもないんだよ、ねえ!」

                   ――ゆっくりした足取りで
二人は歩きだす、俯いて、腕を揺らしながら。
彼女は嗚咽で喉を一杯にして、
涙は目の縁に輝く。
二人のせいで、大麦畑の真ん中から飛び立つのは
二羽の鳩、愛し合いながら、喜びに溢れ逃げ飛んでゆく。
二人の周りでは、足元に、頭上の蒼穹に、
「愛」は至るところに、盛大な祝祭のようであった。
翼持つカップルは長い間、青い空の中を回転した。
仕事へ出かけてゆく若者が歌いだす
その歌声に、頬を染め、優しげに駆け寄って来る
待ち伏せしていた、農家の女中。

二人は言葉もなく歩く。彼は苛立っているようで、
時々脇目に彼女を窺っていた。
森に着いた。小道の草の上、
まだ明るく新しい緑を通して、
陽だまりが二人の足の先に落ちていた。
二人はその上を進みながら、それが目にも入らなかった。
けれども彼女は、力なく喘ぎながら、
木の根元に倒れこみ、樹皮を腕に抱き、
嗚咽も叫びも、もう堪えることができなかった。

初めは、動けずに驚きながら、彼は待った
やがて彼女が落ち着くのを期待して。
唇から幾筋もの煙が吐かれ、
上ってゆき、澄んだ空気の中に消えるのを眺めていた。
それから足踏みし、そして突然、額けわしく
「――やめたまえ、涙も喧嘩もご免だよ」
「独りで苦しませておいて、行ってちょうだい」彼女は言った。
そして涙に溺れる瞳を彼に向けながら
「おお! 私の魂はどれほど我を忘れ、うっとりしていたこと!
それが今では、こんなにも苦しさにあふれている!・・・
愛している時、どうしてそれは人生のためではないの?
どうしてもう愛さないの? あたしは愛している・・・でも決して
かつて愛してくれたようには、もう私を愛してはくれないのね!」
彼は言った。「――どうしようもないよ。人生はそういうものさ
この世では、どんな喜びもきまって完全ではないんだ。
幸福は一時でしかない。僕は約束なんかしなかった
それが墓の向こうまで続くだろうなんてことは。
愛は生まれ、他のものと同じように年を取り、そして終わる。
それから、もし君が望むなら、僕たちは友達になれるよ。
この辛い衝撃の後に、僕たちは
昔の恋人の、清純で甘い愛情を抱くことができる」
そして助け起こすために、彼女の腕を取った。
だが彼女は嗚咽した。「――いいえ、分かってないわ」
そして狂ったような苦しみに腕を捩りながら、
彼女は叫んだ。「――ああ!ああ!」――彼は言葉もなく、
見つめていた。彼は言う。「そうしていればいいさ
僕は行くよ」――そして歩き出し、もう戻って来なかった。

彼女は一人になったのを感じて頭を上げた。
たくさんの鳥達が、喜びの叫び声で
大騒ぎしていた。時々、遠くのナイチンゲールが
朝の涼しい空気の中に鋭いトリルを放ち、
そのしなやかな喉は真珠を転がすかのようだった。
あらゆる陽気な葉々から歌声が飛び交っていた。
ヒワのオーボエ、クロウタドリの笛、
そしてアトリの軽快なちょっとしたルフラン。
何羽かの大胆な雀が、小道の草の上で、
愛し合っていた、口ばしを開き、翼を震わせながら。

彼女は至る所に感じた、再び緑に返った森の下、
情熱的で優しい息吹が、駆け巡り躍動するのを。
その時、空に向って目を上げ、彼女は言った。
「――愛! 人間は愚かすぎて、決してお前を理解できないのよ!」




通りの会話
Propos des rues

大通りを少しばかりうろつく時、
何度、僕は耳にしただろう。悲しみに暮れることもなく、
大変有能そうに見える、勲章を下げた二人の男性が、
互いに微笑を浮かべながら、おしゃべりをしているのを。

一人目の勲章を下げた紳士
なんと、あなたですか?

二人目の勲章を下げた紳士
              なんて偶然でしょうな?

一人目の勲章を下げた紳士
                            調子のほうは?

二人目の勲章を下げた紳士
それなりに。あなたは?

一人目の勲章を下げた紳士
               どうも、大変結構ですよ。

二人目の勲章を下げた紳士
                          なんて素晴らしい天気でしょうな!

一人目の勲章を下げた紳士
このまま続くようなら、夏はきっと
素晴らしいですな!

二人目の勲章を下げた紳士
             全くです。

一人目の勲章を下げた紳士
                    明日は、田舎に行くんですよ!
別荘ですがね。

二人目の勲章を下げた紳士
          その時期ですからな。皆が出かけます。

一人目の勲章を下げた紳士
そう。――我が家ではリラが少しばかり遅れてましてな。
空の底が乾いていて、夜は大変に涼しいのです。

二人目の勲章を下げた紳士
赤い月が出てますな。釣りはよくやりますかな?

一人目の勲章を下げた紳士
まあ――ほどほどにね。

二人目の勲章を下げた紳士
                さて、何か新しいことは?

一人目の勲章を下げた紳士
                               何もねえ。

二人目の勲章を下げた紳士
                                      奥様は
お元気で?

一人目の勲章を下げた紳士
        風邪気味なんですよ。

二人目の勲章を下げた紳士
                       おお! 今日では、
皆が体を悪くしますな。――マシャンの劇は
ご覧になった?

一人目の勲章を下げた紳士
          私が?――観てませんな――何と言っています?

二人目の勲章を下げた紳士
                                    ほとんど失敗作。
十分に今時じゃないということですな。
サルドゥーとは大違い。見事ですな、サルドゥーは!

一人目の勲章を下げた紳士
                                 全くです!

二人目の勲章を下げた紳士
マシャンは張り切りすぎですな。本の中では結構。
仕事や苦心はそれほど気になりません。
だが劇場では、しゃべるように書かなくては。

一人目の勲章を下げた紳士
私はフイエを読み直しました。あれこそ散文ですよ!
今時の本の書き手達はどれもこれも
手にも取りませんよ。――もうたくさん本を読む年じゃ
ありませんからな。気晴らしには新聞で十分です。

二人目の勲章を下げた紳士
新聞と……それと……色事ですな!……
                         ――彼等はあの小さな笑みを見せ
それによって、礼儀に適った悪事を告白するのである。――

二人目の勲章を下げた紳士
それで食事は?

一人目の勲章を下げた紳士
          おお! それはありませんよ。その種の欠点とは無縁で。

二人目の勲章を下げた紳士
それで、政治にいつもお忙しい?

一人目の勲章を下げた紳士
大変にですよ、それが私の慰めなんです!

二人目の勲章を下げた紳士
おお! 人生を「公事」に捧げる、
確かに、それは偉大で、高貴な野心というもの。
今は、大勢の誇らしい人物がいますな
議会の演説者の中に。

一人目の勲章を下げた紳士
               彼等は大変に結構ですな、大変結構。

二人目の勲章を下げた紳士
だがチエールとシャンガルニエが亡くなったのは不幸です!
ところで、あのゾラはお読みですか?

一人目の勲章を下げた紳士
                        汚らわしい!!!

二人目の勲章を下げた紳士
その内、何もかもが高いと不平を言い出すことになりましょう。
誰もが、ごまかし、騙し、盗み、くすねるとね!
道徳は駄目になり、家族は破壊される。
我々はどうなるんでしょうな?

一人目の勲章を下げた紳士
                  ああ!……それでは、これで失礼しますよ。
時間が押していますので。

二人目の勲章を下げた紳士
                さようなら。奥様によろしく。

一人目の勲章を下げた紳士
欠かさず伝えましょう。娘さんにも、
どうぞよろしくと。
          ――そして各々は立ち去る。――
そして賢明なる司祭達は、彼等にも魂があるという!
更に、神が人間を動物より上に生まれさせたということの
はっきりとした証拠があるとするならば、
頭の内に威厳ある思想を与えたということであり、
この高貴な精神は絶えず進歩しているというのである。

しかしこの老いた世界が存在してもう随分長く、
人間の愚かさは頑迷なまでに存続している!
人間と子牛の間で、僕の心がためらうとすれば、
僕の理性は、すべき選択をよく心得ている!
何故なら、僕には理解出来ない、おお、粗雑な者達よ、人が何故
しゃべらない愚かさよりも、しゃべる愚かさのほうを好むのか!




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© Kazuhiko ADACHI