モーパッサン 『ディエップの浜辺』

La Plage de Dieppe, le 23 mai 1877



(*翻訳者 足立 和彦)

「ディエップの浜辺」挿絵 解説 1877年5月23日、挿絵入り週刊誌『ミュゼ・ユニヴェルセル』 Musée universel に掲載されたエッセイ。Guy de Valmont の筆名。画像は雑誌に掲載されている版画(Busson du Maurier による "Souvenir de Dieppe" 「ディエップの思い出」)。
 この一文は2016年にブログ La Porte ouverte で発見が報告されるまで、その存在が知られていなかったものである。なお、同じ雑誌にモーパッサンは先に「豚の市場」と題する記事を掲載している(5月1日)。
 1877年6月7日付の書簡(正確な宛名は不明)から、雑誌の編集者の注文を受けてモーパッサンが至急に執筆したものであることが窺われる。
 ディエップはノルマンディー地方の避暑地の一つとして人気があった。ヴァカンス・シーズンを控えた読者のための観光案内という趣の小記事であるが、モーパッサンの筆にはブルジョア市民に対する諷刺が認められる。この記事以降に、モーパッサンの『ミュゼ・ユニヴェルセル』への寄稿がなかったのは、あるいはこの皮肉な口調が編集部に気に入られなかったためだろうか。


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 英仏海峡沿岸の浜辺の中で、ディエップ(1)の浜辺こそはもっともエレガントで、もっとも贅沢なものだろう。
 トルヴィルは今日ではかつての壮麗さからはるかにほど遠い。この地域には高貴な保護者がついていたが、彼らはもう存在せず、彼らとともにこの地の栄光も死に絶えた(2)
 エトルタ(3)の岸辺は、素晴らしい断崖と地中海のように青い海をそなえているが、そこへ行くのはまだたいへんに難しいので、そこに滞在しているのは仕事をする芸術家と、夏の間はパリに来る必要のまったくない金持ちだけである。そもそも小さな町なので、多くの人を迎え入れることはできないだろう。
 それは二つの緑の丘に挟まれた一握りほどの家並みであるが、その家々はまるで空から撒かれた後で落下の偶然で運よく立ったままに残ったかのようで、それほど奇妙なまでにばらばらな方向に建っているのである。
 谷の両側の斜面には、水辺近くまで建つ小屋が木々に埋もれているが、その斜面は突然にまっすぐな断崖絶壁となって海に落ちており、高さは百メートルにもなる。その先にはポルト・ダヴァル(下の門)とポルト・ダモン(上の門)と呼ばれる二つの有名なアーチがある。土地の大部分はパリに住む所有者のものとなっているので、結果として、鉄道がこの谷間まで延長されるまでは、毎年ディエップの浜辺に殺到する大群衆をこの町が迎えることはできないだろう。
 ディエップは一個の町であり、そこのル・ポレ地区は、ほとんど町そのものと同じくらい重要である。したがって海水浴客の集団は、苦労なくそこで宿泊することが可能である。ディエップには鉄道があり、パリから直通の急行が走っている。そのお蔭で、パリで働いている男性は、妻が田舎でくつろいでいる最中に、三時間かけてやって来て不意に顔を出してみせた後、翌日には仕事のために帰って行くことも可能である。
 ディエップは大きな海港であり、旅行客には海水浴とカジノの楽しみのほかに、出入りする船を眺めるという気晴らしもある。
 さらに、ディエップにはニューヘブンとの間の定期船があるので、毎日港にイギリス人のグループがばら撒かれるのだが、彼らは灰色の上着を着て、平然として緩慢な物腰で、いつでもオペラグラスを手にしたまま、沿岸を飾る古城から埠頭の先端まで散歩しては、そこで通り過ぎる船を数える。そして船に英国の色が見えるたびに、かの国民特有の自尊心からくる堂々とした様子で、「オー! いつでもイギリスの船だ」と言うのである。
 さらに言えば、ディエップでは何もかもがたいへんに高値だが、裕福な人たちがそこへ行くのは、ただただ、よそでは百スー(五フラン)のものに対して彼らは十フラン払うことができるというそれだけの理由によるのである。
 ライヴァルであるエトルタの浜辺が小さく、単純で、閉鎖的で内輪のものであるのと同じくらいに、ディエップの浜辺は裕福で、ぜいたくで、飾り立てた衣装によって豪華で、騒々しく、十分に開かれている。そこでは海は広大な水平線に向かって広がっており、沿岸では、カジノの左手に立つ塔をそなえた古城が海を見下ろしている。その城は1433年にイギリス人に対して蜂起したコー地方の自治都市が建造したものだ。
 毎日、午前十時頃から、若者たちがそろって水辺に押しかけるが、それはあらゆる女性たちが海水浴をするからである。おおいにしゃべりあい、囁きを交わし、ほほ笑み、しばしば賞賛の声をあげ、一層思いに耽る。そこでは、ゆったりとした胴着が隠す秘密に始まり人目を騙す顔色の瑞々しさに至るまでの、身づくろいに関わる一切の詐術が暴かれる。だから「本当に美しい女たち」が多くを露わにする一方で、着替え室に人工的な魅力を置いて来てしまった他の女たちは、襟や袖の締まってゆったりとしたガウンの中に、不十分な体を慎ましやかに覆い隠しているのである。
 人が中に詰まった袋みたいに見える真っ黒の野暮な水着の隣には、青や赤の他の水着が見られ、それらはお洒落であると同時によく考えられていて、肌や髪の色のニュアンスとよく調和している。
 午後の過ごし方は二通りある。
 天気が怪しい時や、手にしたばかりの新しい衣装を見せびらかしたい時、人はカジノへ出かける。海を前にして、優雅な女性たちが集まる中で日蔭に腰を下ろす。音楽を聴きながら少しばかり想像してみる・・・、あちらで昔風の情婦の恰好をしたどこかのご婦人は、自分のドレスをどう思っているだろうかなどと。そのご婦人が二人の白髪の「かつての美男子」に挟まれている様は、二つの冬に挟まれた・・・、晩秋といったところである。
 太陽が出ているなら、馬車に乗って皆でアルクの森へ出かける。
 その森は二つの谷の間にあるが、谷間にはそれぞれオーヌとベチューヌという川が流れており、それが合流してアルク川になるのである。
 それは本物の美しい森であり、木々が生い茂って奥深く、鳥や動物や物音に満ちている。大きな木が曲がっているのは強い海風のせいで、平野のやわらかなそよ風よりももっと木にうめき声をあげさせるのである。そこでは生命力のある豊かな土、草、木の葉、松やにの匂いがする。そして、こうして緑に包まれた中を、美しいご婦人がたがバラ色の身繕いをして通ってゆく。時には樹液の香りに陶然として我を忘れ、また時には重々しく、物憂げな様子で。彼女たちが眺める巨大な木々は、パリ近郊に見られる人工の木立とは似ても似つかないが、そこでは飼いならされたウサギが走っていたり、花壇のゼラニウムが花咲いていたり、籠の中のカナリヤが歌ったりしているものだ。時には、ガブリエル・デストレ(4)が生まれたトゥルプ城(5)まで、また時には、デュ・ゲクラン(6)とデュノワ(7)のものだったロングヴィル城(8)まで出かけることもある。
 晩にはカジノに戻って来る。踊ったり、音楽を聴いたり、軽喜劇やオペレッタが上演されるのを見たりする。ああ! そこではまた評判を落とすこともありえる。だが致し方ないのではないだろうか? 殿方は土曜にしか来ない。一人でいる時には、幾らか気晴らしの必要もあるというものだ。それに、そこに告げ口するような事柄を見出だすのは口の悪い者だけであるが、口の悪い者は馬鹿にされるものである。

ギ・ド・ヴァルモン

『ミュゼ・ユニヴェルセル』、1877年5月23日号、p. 117-119.




訳注
(1) Dieppe : ノルマンディー地方、セーヌ=マリチーム県の町。七月王政時代より避暑地として開発が進んだ。1848年にパリ=ディエップ間の鉄道が開通している。
(2) Trouville(今日のTrouville-sur-Mer)は七月王政時代に避暑地として有名になった。第二帝政時代に入ると、Touques トゥク川の対岸 Deauville ドーヴィルがモルニー公の後ろ盾のもとに開発され、高級避暑地となる。
(3) Étretat : セーヌ=マリチーム県の町。ル・アーヴルから北に約25キロに位置する。断崖が景勝地として有名で、モネなどの印象派の画家たちが訪れた。モーパッサンが母とともに幼少時を過ごした故郷。
(4) Gabrielle d'Estrées (1571-1599) : アンリ四世の愛妾。三人の子を儲けるが、結婚に至る前に急死した。
(5) Château de Tourpes : 現在は Manoir de Tourpes 「トゥルプの館」と呼ばれる。カルヴァドス県の町 Troarn トロアルンにある。ガブリエル・デストレは一時期ここに暮らした。モーパッサンが「生まれた」と記しているのは誤りと思われる。
(6) Bertrand Du Guesclin (1320-1380) : 軍人。ブルターニュ継承戦争、百年戦争で活躍し、シャルル五世によってフランス元帥に任命された。容姿の醜かったことで知られ、モーパッサンは歴史劇『リュヌ伯爵夫人の裏切り』の中にデュ・ゲクランを登場させている。なお本文中の綴りは Duguesclin となっている。
(7) Jean de Dunois (1402-1468) : 軍人。オルレアン公ルイ・ド・ヴァロワの私生児に生まれた。百年戦争で活躍し、オルレアンの解放にも貢献した。
(8) Longueville(現在のLongueville-sur-Scie)はセーヌ=マリチーム県の町。




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