モーパッサン「愛の終わり」

« Fin d'amour », 1880



(*翻訳者 足立 和彦)

解説 1880年4月15日、『政治文学改革』誌 La Réforme politique et littéraire に掲載された後、『詩集』 Des vers に収録された詩篇。
 12音節(アレクサンドラン)、112行からなっている。
 1879年12月、モーパッサンは『新評論』誌に「田舎のヴィーナス」の掲載を拒否され、アダン夫人に別の詩篇を送るためにこの詩篇を制作した。しかし、1880年初頭、夫人から返事がないのに見切りをつけ、モーパッサンは詩篇を『改革』誌に送った。
 永遠の恋など存在しないという、恋愛の「散文的」現実を描く本作品は、モーパッサンの「反ロマンチスム」的姿勢をよく示していると言えるだろう。


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愛の終わり


陽気な太陽は目覚めた野原を暖めていた。
静かな葉陰には愛撫が漂っていた。
欲望に向かって、匂い立つ萼を差し出しながら
まだ露の雫をきらめかしつつ、
花々は、美しい昆虫たちに取り巻かれ、
閉じた喉の中の蜜を飲むに任せていた。
止まって身を休める幅広の蝶が
羽のはばたきで疲れさせもする。
どちらが生きているのかと思われた
なぜなら昆虫は命ある花のようであったから。
愛情の呼び声が風の中に響いていた。
すべてのものに、暖かい夜明けの下、愛する者がいるのだった。
陽がのぼってゆく薔薇色の靄の中に
つがいの雲雀が歌うのが
種馬が活き活きとした愛にいななくのが聞かれ、
くるくる回りながら心を差し出しつつ
灰色の小ウサギは森の外れへと跳ねてゆく。
愛に溢れる喜びが、広がり、力強く、
高まってゆく熱気を地平に撒き散らしながら、
すべての心を揺さぶるためにと、あらゆる声を捕えるのだった。
小さな群が住む木々の
枝々に迎えられ、守られている
埃の塵にも似たあのものたち、
我々の目には見えない生き物たちの集団、
ほっそりした芽も彼らには広大な国土、
朝陽の光に、愛の原子を混ぜ合わせる。

二人の若者が進んで行く静かな道は
田園を覆う収穫物に埋もれていた。
彼らは腕も組まず、手も握っていない。
男は連れの女に目を上げもしなかった。

土手の裏側に腰を下ろして彼女は言った。
「ねえ、あなたがわたしをもう愛していないとよく分かったわ」
彼は答える代わりに身振りをした。「僕が悪いとでも?」
それから彼女の傍に座った。二人は並んで思いに耽った。
彼女が続けた。「一年! たった一年だわ! 今はもう
どうしてあの永遠の愛は去ってしまったというのでしょう!
わたしの魂は、まだ優しい言葉に震えているのに!
我を忘れた愛撫に、わたしの心は燃えているのよ!
なにが一日で心を変えてしまったというの?
昨日はわたしを抱いてくれたわ、愛するひと、その手が
今日は、わたしに触れるとすぐに逃げてゆくみたい。
どうしてもう唇にキスしてくれないの?
どうしてなの? 答えて!」――彼は言った。「僕に分かるもんか?」
彼女は彼と視線を合せ、そこに読み取ろうした。
「――どれほどわたしを抱いてくれたか
抱擁はいつも長い夢のようだったことを覚えていないの?」
彼は立ち上がり、上の空の指の間に
細い煙草を回しながら、うんざりした声で
「――いいや、もう終わったんだ」と言う。「後悔して何になる?
過ぎ去ったことは思い出さないものさ、
もうどうしようもないんだよ、ねえ!」

                   ――ゆっくりした足取りで
二人は歩きだす、俯いて、腕を揺らしながら。
彼女は嗚咽で喉を一杯にして、
涙は目の縁に輝く。
二人のせいで、大麦畑の真ん中から飛び立つのは
二羽の鳩、愛し合いながら、喜びに溢れ逃げ飛んでゆく。
二人の周りでは、足元に、頭上の蒼穹に、
〈愛〉は至るところに、盛大な祝祭のようであった。
翼を持つカップルは長い間、青い空の中を回転した。
仕事へ出かけてゆく若者が歌いだす
その歌声に、頬を染め、優しげに駆け寄って来る
待ち伏せしていた、農家の女中。

二人は言葉もなく歩く。彼は苛立っているようで、
時々脇目に彼女を窺っていた。
森に着いた。小道の草の上、
まだ明るく新しい緑を通して、
陽だまりが二人の足の先に落ちていた。
二人はその上を進みながら、それが目にも入らなかった。
けれども彼女は、力なく喘ぎながら、
木の根元に倒れこみ、樹皮を腕に抱き、
嗚咽も叫びも、もう堪えることができなかった。

初めは、動けずに驚きながら、彼は待った
やがて彼女が落ち着くのを期待して。
唇から幾筋もの煙が吐かれ、
上ってゆき、澄んだ空気の中に消えるのを眺めていた。
それから足踏みし、そして突然、額けわしく
「――やめたまえ、涙も喧嘩もご免だよ」
「独りで苦しませておいて、行ってちょうだい」彼女は言った。
そして涙に溺れる瞳を彼に向けながら
「おお! 私の魂はどれほど我を忘れ、うっとりしていたこと!
それが今では、こんなにも苦しさにあふれている!……
愛している時、どうしてそれは人生のためではないの?
どうしてもう愛さないの? あたしは愛している……でも決して
かつて愛してくれたようには、もう私を愛してはくれないのね!」
彼は言った。「――どうしようもないよ。人生はそういうものさ
この世では、どんな喜びもきまって完全ではないんだ。
幸福は一時でしかない。僕は約束なんかしなかった
それが墓の向こうまで続くだろうなんてことは。
愛は生まれ、他のものと同じように年を取り、そして終わる。
それから、もし君が望むなら、僕たちは友だちになれるよ。
この辛い衝撃の後に、僕たちは
昔の恋人の、清純で甘い愛情を抱くことができる」
そして助け起こすために、彼女の腕を取った。
だが彼女は嗚咽した。「――いいえ、分かってないわ」
そして狂ったような苦しみに腕を捩りながら、
彼女は叫んだ。「――ああ!ああ!」――彼は言葉もなく、
見つめていた。彼は言う。「そうしていればいいさ
僕は行くよ」――そして歩き出し、もう戻って来なかった。

彼女は一人になったのを感じて頭を上げた。
たくさんの鳥たちが、喜びの叫び声で
大騒ぎしていた。時々、遠くのナイチンゲールが
朝の涼しい空気の中に鋭いトリルを放ち、
そのしなやかな喉は真珠を転がすかのようだった。
あらゆる陽気な葉々から歌声が飛び交っていた。
ヒワのオーボエ、クロウタドリの笛、
そしてアトリの軽快なちょっとしたルフラン。
何羽かの大胆な雀が、小道の草の上で、
愛し合っていた、口ばしを開き、翼を震わせながら。

彼女は至る所に感じた、再び緑に返った森の下、
情熱的で優しい息吹が、駆け巡り躍動するのを。
その時、空に向って目を上げ、彼女は言った。
「――愛! 人間は愚かすぎて、決してお前を理解できないのよ!」


「愛の終わり」(1880年)
Guy de Maupassant, « Fin d'amour » (1880), dans Des vers et autres poèmes, éd. Emmanuel Vincent, Publications de l'Université de Rouen, 2001, p. 91-94.


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