モーパッサン「田舎のヴィーナス」

« Vénus rustique », 1878



(*翻訳者 足立 和彦)

解説 1880年4月刊行の『詩集』Des vers に初めて収録された長篇詩。
 1878年3月21日付書簡89信「最後の逃走」が『ゴーロワ』紙に掲載された後、この作品にとりかかっていることが告げられている。4月3日付90信では220行まで書き進めたと述べているが、最終的に詩篇は508行に及ぶことになった。7月頃には一通りの完成を見たと推察されている。フロベールの推薦を受けて『新評論』La Nouvelle Revue を編集するジュリエット・アダンに見せるが、雑誌の性格にふさわしくないという理由で、掲載を拒否されたようである。
 質量ともに、1870年代の詩人モーパッサンの集大成と呼ぶべき作品。抒情的な感情吐露を排し、身体的欲望を率直な言葉で歌うことが当時のモーパッサンの目指すところであった。美と愛の女神であるヴィーナスを主人公にすることで、その意図を明確に提示しながら、しかし「田舎の」という限定辞をつけることで、この女神は地上の物質的世界につなぎとめられている。物質と観念、具体性と抽象性を結びつけることによって、物質主義的なリアリズムに立脚しながら、しかし卑俗さに堕すことなく、独自の詩的世界を構築すること。そこに、ポスト高踏派時代において、自然主義とも一定の距離を取りながらオリジナルな道を探すモーパッサンの狙いは存在した。
 詩の前半は、ヴィーナスが成長し、やがて彼女が人と動物の分け隔てなく、惜しむことなく自らの身体を愛欲に捧げるさまを語る。後半(第6節)は全体の半分を占めるが、ヴィーナスと醜い老羊飼い(サタン)との戦いの顛末が語られている。ヴィーナスが女性性、若さ、美、生命、無垢などの象徴であれば、サタンは男性性、老い、醜、死、狡猾を象徴する存在であり、詩人は、この折り重なる明快な二項対立によって、自らの詩的世界を原理的に提示しようと試みたのだろう。この二元論において、肯定的価値がどちらに置かれているかは明確だが、しかし詩の末尾、絶対的な孤独のうちに放置される老牧人の姿の惨めさは、この詩が必ずしも単純な善悪二元論に終始しているわけではないことを示している。むしろ、二極化する原理間の恒常的対立が人間的世界を構成しているというのが、当時の詩人の世界観の要約であるというべきだろう。
 その明快さゆえに、ここには深みが欠けると言いうるかもしれない。だがその代わりとして、ここには荒削りな力強さ、鋭敏な五感の刺激、脈動する生命力といったものが溢れており、本作はまさしく20代の詩人の知性と感性との結集であると言える。
 1880年代の散文作家モーパッサンをその基底で支えながら、しかしもはやこれほど率直に表現されることはなくなるものを、この詩をはじめとする『詩集』諸篇の内にはっきりと認めることができるだろう。ここにこそ、モーパッサンの「原型」が生き生きと存在しているのである。




***** ***** ***** *****


神々は永遠である。古代イタリアに生まれたのと
同じように、我々の間にも生まれてくる
だがもはや跪いていた時代に留まっていはしない
そして、彼らが亡くなるや、人々はすぐに彼らを忘れ去る。
いつでも生まれてくるだろうし、最後の者が
不信心な群集をそれでもなお支配するだろう
すべて英雄はヘラクレスの種から成る。
古き土地は今なおヴィーナスを産み出すのである。


I

太陽の輝くある日、広大な浜辺の上を、
一人の釣人が、籠を背負って、
大西洋の始まるあの泡立つ線を辿っていると、
足元でか弱いすすり泣きが聞こえた。
小さな女の子が横たわっていた、捨てられ、
真っ裸のまま投げ出され、苦い波に襲われていた
のぼっては溺れさせる波に。彼女が
砂と海との永遠の口づけから生まれたのでないならば。

彼はその体を拭いて、彼女を籠へと入れた
網の上に寝かせると、勝ち誇って運び去った。
そして、漂う小舟に揺すられるように
横に揺れる男の背中が子どもを眠らせた。
やがて彼はもう捉えどころのない点でしかなくなり、
広い地平線が彼の上に閉じられた。
輝く波打ち際に続いているのは
砂の上に途絶えることのない彼の足跡。

そんな風に見つかった子どもを村中の者が愛した。
命の薔薇色に染まる愛らしい体に口づけること以上に
重大な関心を払う者は誰もいなかった。
それにまた、えくぼのあるお腹や、裸の小さな腕にも。
彼女は腕を伸ばし、接吻にうっとりとしている
途切れない笑いで彼女の頬は弾けるのだった。

ようやく通りを行けるようになると、
一歩一歩と、精一杯努力しながら、
運んでゆく足の上で体が揺れ動いている
女たちは彼女目当てに走って来ては、声をあげて迎えた。
後になると、短いぼろ着をわずかに着ただけで、
雌山羊のように力溢れる細い足を見せながら、
口にまで届くほどの背の高い草を通り抜け
彼女は蝶を追って平野を駆けた。
その頬はあらゆる口の接吻を惹きつける
一輪の花が羽虫の集団を魅惑するように。
野原で彼女に出会った時には、子どもたちは
頭から踝まで、狂ったように彼女を抱きしめた
大きな娘たちの肉づきのよい首を愛撫する時と
同じくらいの情熱と震えをともなって。
老人たちは彼女を膝の上で踊らせた。
やせ細った腕で彼女の体を抱き抱え、
あれほどに甘美だった昔の思い出に満たされながら、
萎びた唇を彼女の髪に触れさせるのだった。

やがて、道々を歩き回るようになると、
彼女の傍には、一団の悪童たち
家から逃げ出したり、教室を空にしたりして。
合図一つで、幼い子も年長者も手懐けると、
朝から晩まで、決して疲れることもなく、
このさ迷う恋人たちをどこへでも連れて行く。
彼らの心は、彼女の気を惹くために、無数の悪事を思いつく。
ある者は、夜が来ると、略奪へと出かけ、
壁を飛び越え、庭の果物を盗みとり、
何も恐れはしない、見張り人も犬も棍棒も。
別の者は、可愛らしいウグイスを見つけるために、
あるいは黄色い嘴のツグミ、あるいはゴシキヒワ、
森の頂を、枝から枝へと這い登るのだった。

時には、えび捕りに出かけたものだった。
裸足を見せ、網を投げやりながら、彼女は
素早い手つきで敏捷な生き物を捕まえた。
彼らは眺めていた、透明な水を通して、
小さなふくらはぎの、ぼやけた輪郭が揺れるのを。
それから、夜に村のほうへと戻る頃、
時には浜辺の途中で立ち止まり、
彼女に飛びつき、感動して、ひどく震えながら、
首をおさえて、口づけで彼女をむさぼった。
堂々と威厳をもって、震えもせず、怖れもせず、
黙ったまま、彼女は彼らの抱擁に頬を差し出していた。


II

彼女は成長した、常に一層美しく、その美しさは
熟れた果物の香りがしていた。
彼女の髪はブロンド、ほとんど赤毛。顔の上には
野原の強い太陽がその跡を残していた。
小さな火の点が、愛らしく散らばって。
衣服に閉じ込められた胸の柔らかな力が
布地を膨らませ、頂で服を擦っている。
着物全体が彼女にあわせて誂えたかのようで、
それほどに内側のしなやかで力強い様が感じられた。
唇が開くと、その歯をはっきりと見せる。
青い目は澄んで深かった。
土地の男たちは、彼女に気に入られるために死にもしただろう。
彼女が来るのを目にすると、その前に走り出てくる。
彼女は笑い、彼らの瞳にこもった情熱を感じながら、
自分の道を行く、穏やかに、そしてかき立てる
スカートの風で、肉体の情熱を。
ぼろを纏った優美さは挑発しているかのよう。
身振りはとても素朴、とても正確で、
何をしても、全てに気品をもたらして、
最もつまらぬ仕事さえ、荘厳なものに思わせた。

そして人は遠くで言ったもの、ひとたび彼女の手に
触れたなら、一生彼女に結びつけられるだろうと。

厳しい冬の間は、ひどい寒さが染み透る
藁ぶき家の壁にも、ベッドにいる人々にも。
空っぽの道が雪に埋め尽くされる時には、
夜、彼女の家の窓に、影が近づいて来る
そして地平線の陰鬱な青白さに染みを作りながら、
狼のように、彼女の家の周りをうろついていた。

次に、明るい夏、熟した穀物が、
黒い腕をした農民たちを麦畑に来させる時、
亜麻が花咲き、わずかの風にも騒ぎたて、
波のように揺れ動き、長いささやきを交わす時、
彼女は落ちている束を拾い上げながら行く。
空ではほとんど黄色い太陽が燃え立ち、
殺さんばかりの熱気を平野に注いでいる。
腰をかがめた労働者が、言葉もなく喘いでいる。
ただ幅広の鎌だけが、穂をなぎ倒しながら、
まどろむ畑でリズム良く音を引っぱっていた。
だが彼女は、赤いスカートをはき、胸はのびのびと
首元で結んだゆったりとしたシャツの中、
地上で草葉を萎れさせる、
この竈のような熱気を、少しも感じていないようだった。
彼女は敏捷に歩く、肩に乗せているのは
小麦や、干し草の束。
遠くから彼女を目にして男たちは身を起こし、
欲望が身をかすめた時のように身を震わせ、
大きく息をして吸い込んでいるかのよう
彼女の体から漂う震えるような香り、
この生きた花の大いなる愛の匂いを!

そして、刈り入れの長い一日の終り、
赤い星が地平線に沈み行く時、
突然目に入る、平野の頂に立ちあがった
二人の黒い巨人のような、ライヴァル同士の農夫が、
太陽の中に立ち、鎌でもって戦うのが!

そして影が穏やかになった野原を覆う。
刈られた草が、露の滴をしたたらせた。
夕陽は消え、東の方では
一個の星が空に燃える点を作っている。
遠くでぼんやりとした、最後の物音も静まった。
犬の吠え声、牛たちの鈴、
重たげな休息の下に、大地が眠りにつき、
真っ黒な空には星々が灯る。

彼女は森へと向かう道を選び、
走りながら踊り、木の葉の
力強い香りに酔いしれて、時々、
道の木々を通して、眺めやる、
火の粉の散った空の澄んだ輝きを。
彼女の頭上に漂う青い沈黙のような
なにかしら甘美なもの、夜の
愛撫のように、暖かな影の、繊細で
やわらかな物憂さが、心をぼんやりとさせ、
魂にもたらす、一人であることの漠然とした
悲しみを。――けれど、ぼんやりとした足取り、心配げに跳びはねる、
苔の絨毯の上、夜の動物たちの
優しい歩みのもたらす、あの軽やかなかすかな物音が、
雑木林を、密かな音で満たしている。
目に見えない鳥が、木々に翼をぶつけていた。

彼女は座った、物憂さを感じながら
それは足先から、腰にまでのぼってくる
衣服を遠くに投げだしてしまいたいという、
香り良い草に身を横たえ、優しい空気中を
漂う未知の接吻を待ち望みたいという、そんな欲求。
そして時折、彼女は震えにとらわれる、
肌から髄にまで熱気が駆け抜ける。

草むらで輝く虫たちの火の点が
彼女の傍に、星の集団をもたらすかのよう。

けれど突然に一個の体が彼女の体に襲いかかった。
燃えるような唇が彼女の唇に押しつけられる。
寝台の様にやわらかく、深い芝草の中で、
男の震える二本の腕が、その力を結びあわす
すると突然に、新しい一撃がこの男を倒した
地面の上に、打ち倒された牛の如く。
また別の男が膝の下に彼を捕らえ
首を絞めて喘がせる。
しかし彼もまた転がった。怒りくるった拳によって
顔を強打されて。――草叢を通して
無数の足音が近づくのが聞こえた。――
その時、それは、影の中、闇の乱闘
発情した一群の男たちの争い、さながら牡鹿
ブロンドの牝鹿が牡を鳴かせるように。
それは怒りの呻き声、喘ぎ声、
締めつけられた筋の下、音を立てる胸、
棍棒のような重さで降りかかる拳。
一方、離れた古い木の根本に座り、
自信に満ちた目で戦いを追いながら、
彼女は残忍な争いの終結を待っていた。
ついに、たった一人、最も力強い者だけが残ると、
彼は彼女の方へ身を投げた、血に染まり、酔いしれながら。
閨房代わりの茂った木の下で
彼女は恐れることなく、野獣の愛撫を受けた!


III

突然に、村に火がついた時には、
種まきのように、火事が自分の火を
あたりに撒いていくのが見られる。屋根ごとに
巨大なトーチのように、隣に向かって火が灯り、
そして地平線全体が燃え上がる。――愛の炎は
心を荒らし、肉体を焼き、火事の
ように、人から人へとその火を運んでいき、
やがては近隣の地域をも燃やしてしまった。
森の道を通って、窪んだ谷間を通って、
そこへ、夜、大胆な本能が彼女を運んでゆくのだが、
彼女の足は恋人の道を辿るかのようだった。
彼女の恋人たちは、二人出会うや互いに争った。
彼女はためらいなく身を任せた、この
肉体の仕事のために生まれてきたから、そして昼も夜も、
幸福や憂鬱の溜息一つ、決して洩らすことなく、
彼らの接吻を宿命のように受け入れていた。
唇や、あるいは目でもって
その見事な身体の隠れた小道を辿った者は誰も
「美」が、愛するこの女神の脇腹に撒いた
永遠の陶酔の果実を摘み取っては、
心の奥に長い慄きを抱きつづけるのだった。
そして、熱に震えるように愛に揺さぶられ、
絶えず闇雲に彼女を求め、
彼女の口から、我を忘れた言葉を吐き出させるのだった。


IV

動物もまた奇妙なことに彼女を愛した。
彼らに対しても彼女は人間のように愛撫しあった。
彼女のそばでは動物たちも恋人のようだった。
彼女の体に自分の毛をこすりつける。
犬は彼女の踵をなめながらその後を追う。
彼女は、遠くから、牡馬をいななかせ、
牝牛のそばにいるように、牡牛を後足で立たせた。
そして、人の手になるこの熱情に騙されて、
雄鶏は翼を叩き、雄山羊は戦う
額をぶつけあい、牧神の脚で躍り上がって。
ぶんぶんと音立てる雀蜂や黄色い蜜蜂が
彼女の肌まで旅してくるが、決して刺しはしなかった。
彼女が通ると、森のすべての鳥が歌うか、
時には翼をあてどなく振って彼女を愛撫し、
彼女の肌着の内に隠す子どもを養うのだった。

過ぎ行く群れを彼女は愛で満たした。
鉤形の角をもった尊大な雄羊は、
牧童の震える呼び声をもはや聞きもせず、
雌羊は、か細い鳴き声をあげながら、
彼女の大股の足取りを、小走りに追ってゆく。


V

ある夜には、皆から逃れて、彼女は出かけた
さわやかな水に身を浸すために。月が
砂と上げ潮の海を照らしていた。
彼女は歩みを急がせた。黄金の砂浜の上
遠く遥か、生きる者の姿はなく、
大きな影が彼女の後を素早く這って追っていた。
浜にひとまとめに着物を置くと、
一糸まとわず進みゆき、白い足を濡らす
青白い泡を転がす波の中に、
そして、両の腕を広げ、一気に飛び込んだ。
幸福に満ち溢れて水浴から出ると、
砂浜に身を横たえ、埋める
力強く見事な体を、砂の中へ。
そして、よりゆっくりとした歩みで去ってゆく時、
埋め込まれた輪郭は、波打ち際に残りつづけた。
それを見れば言いもしただろう。ブロンズの
背の高い像が砂浜に倒れていたのだと。
天はこの「美」の型を眺めた
幾千もの目でもって。――そして敏捷な波が
やって来ると、岸辺をすっかり平らにしてしまうのだった!


VI

それは「絶対の存在」、原初の法に従って
作られた、種の永遠の原型
それが時の流れの中で、時々現れ出る
その見事さは地上に君臨し、黙らせる
あらゆる人間の意志を、そしてそこから神聖な「芸術」は生れる。
「人類」がクレオパトラやフリュネを愛したように
彼女は愛された。その心は、波のように広げる
あふれでる清浄な愛情を、皆の上にと。
彼女が地上で嫌う者はただ一人だった。
それは不実なる老羊飼い、狼が彼に
従っていた。――
            かつて一人のボヘミア女が
溝の底にまだ小さな彼を投げ入れた。
土地の牧人がそれを拾い上げ
育てたが、やがて死に、彼に遺したのは
豊かな者、幸福に見える者への憎しみと
人の言うところでは、たくさんの闇の秘密。
子どもは一人で家族も喜びもなく育ち、
でたらめに雌山羊や鵞鳥に餌をやり
毎日、丘の中腹に立っていた
雨や風や人々の悪口を浴びながら。
外套にくるまって眠る時には、
自分の寝床に眠る者たちのことを思っていた。
そして、明るい太陽が地平線に降り注ぐ時、
黒いパンを食べながら、平野の向こう
遠くの農家で火にかかるスープを告げる
家々の上にたなびく煙を窺っていた。

彼は老いた。――彼の周囲で恐怖が大きくなった。
夜、長い夜伽の間にその話が交わされた。
彼に関する奇妙な物語がささやかれ、
女たちを朝まで眠らせなかった。
人の言うところでは、好きなように他人の運命を操り、
敵の家には荒廃をもたらし、
あの星々という火の言葉を解読し、
遠くの空に未来を読むのだった。
一日中、移動式の小屋を転がし、
決して人々と交わらなかった。しばしば、
風に向かって見知らぬ叫びをあげると、
この世のものならざる声が答えるのだった。
さらにその目には力があると信じられていた
たけり狂う牡牛をも手なずけられたからである。

――そして他の噂がその地を駆け巡った。
ある晩に彼が出会った一人の娘が、
彼を見て動揺に捕らえられるのを感じた。
彼は彼女に話しはしなかった。だが、次の晩、
彼女は恐怖に震えながら目を覚ました。
遠くに、彼の欲望の呼び声を聞いた。
戦いに耐えることができないのを感じ、
恐ろしい暗闇にもかかわらず、彼女は出かけてゆき
彼の小屋のわら布団を共にしたというのだ!

以来、淫らな気まぐれに身を任せ、彼は呼んだ
毎晩、娘たちを。全員が、若く美しく、
それでも反抗することなく、抵抗の恥じらいもなく、
彼の望む事柄に、処女の胸を差し出し、
老いて醜いにもかかわらず、彼を愛するかのようだった。

彼は額も唇もあまりに毛深く
髪のように白く長い眉をしていたので
腰を覆う外套のように
顔一面も山羊の毛が生えているかのようだった!
夕陽が平野に彼の影を投げる時、
そのねじれた足が山の頂で
悪魔の不吉な跳躍のようなものを見せるのだった。

淫らな熱情に溢れるこの田舎のサタンは、
ハリエニシダの花の金の外套で覆われている
人気なく、まだ緑も生えぬ丘のそば
ある四月の輝かしい朝に、出会った
国全体が熱愛する女に。――彼は
彼女を目にした時に、日射病のように衝撃を受け、
あまりに彼女が美しかったので、欲望に震えた。
交差する視線が攻撃しあった。――それは
この世で敵同士の神々の出会いだった!
待ち伏せしてガゼルを追う狩人が
ヒョウに出会ったかのような驚き!
彼女は通り過ぎた。――ブロンドの重たい髪の花が
匂いに満ちた坂のふもとで、混じり合う
蒼ざめた花束のような、ハリエニシダの花々と。
それでも彼女は震えていた、彼の評判を知っていたので、
彼に対して感じる嫌悪にもかかわらず、
その秘密の力を恐れて、彼女は逃げたのだった。

彼女は晩までさ迷った。だが夜が来ると、
彼女ははじめて恐怖におびえた
野原や森に落ちてくる影に。
黒い並木道を通っていく時に、
樫の木のひしめく列の間に、突然、
牧人が動かずに立っているのを見たと思った。
だが、狂ったように駆け出したので、
恐怖にとらわれた彼女には決して分からなかった
自分の見たものは単に
道の真ん中に立つ枯木の幹ではなかったのかどうかは。

何日も何カ月もが過ぎた。彼女の理性は、
翼に弾を受けて傷ついた鳥のように、
やむことない致死的な恐怖に弱っていった。
自分の家から出ようとさえしなかったのは
野原に出るとすぐに、確信するからだ
道を曲がったところに、「老人」が現れるのが見えると。
その狡猾な目は言うかのようだ。「明日こそは」
そして、傷口に燃える鉄のようなものを押しあてる。

やがて重すぎる荷が彼女の意志をたわませ
恐怖にしびれた彼女の心に、生まれてくる
宿命に従ってしまいたいという欲求が。
そして、ついに自分の「主人」のもとへ赴くことを決め、
彼女は冬の夜に彼に会いに出かけた。

あたりの土を覆う雪は
不動の白さを広げている。微風が
世界の果てから吹いてくるかのように、さ迷い
氷のように冷たく、森の中でひび割れさせる
裸のまま、灰色の姿を見せている木々を。
苦しげな空に、月は、糸のような
光で、わずかにその横顔を見せていた。
冷気の痛みは、石さえも包み込んでいた。

彼女は歩いた、足は凍り、夢を見ることもなく、
老いた羊飼いに出会うことを確信し、
人気のない平野に黒い点で染みを作っていた。
だが彼女は立ち止まって地面に釘づけとなった。彼方、
雪の上、恐ろしい二匹の獣が駆けていた。
遊び、浮かれ騒いでいるようで、
影が巨大な跳躍を一層大きく見せていた。
そして、さ迷う激情を闇夜にほとばしらせ、
二匹とも、快活な陽気さに駆られて、
地平線の奥から飛んでやって来た。
彼女には分かった。それは牧人の犬だった。

息を切らせ、空腹に腹をへこませ、燃えるような目が
頭のもつれた毛の棘の下にあり、
二匹は彼女の前で祝いの叫びをあげて飛び上がる
その毛むくじゃらの笑いが歯を露わにしていた。
地方で二人の大きな領主が
主君のための「美女」を探して連れにゆき、
彼女を彼の方へ導き、周囲を馬で飛び回るように、
この愛の使者たちは彼女を連れて行った。

「男」は丘の上に立って様子を窺っていたが、
やって来て、彼女の腕を取ると小屋へとのぼって行った。
扉は開いていた。彼は彼女を中へ押しやりながら、
熱のこもった視線ですでに服を脱がせていた。
足先から頭まで、彼は喜びに震えた
待ちわびた幸福に出会って衝撃を受けたように。
彼女を目にして以来、彼はあえいでいた
獲物を追いながら捕まえられない猟犬のように!

肌の上にはい回るのを彼女は感じた
羊の群れの匂いがまだするこの老人の
ナメクジのようにべたべたとした愛撫
全身が、この氷の接吻の下で震えた。
だが男は、多くの高慢な若者たちがすでに知っているはずの
皆から狂ったように愛されるために作られた
柔らかい脇腹のこの愛の肉体を抱きながら、
老人のねじくれた心の内に、生まれるのを感じていた
激しく容赦のない嫉妬の念が。彼は残酷な復讐を
したいという漠然としながら強い欲求を感じた!

最初、彼女は痩せて毛深い愛人を我慢した
だが、彼女が抵抗したので、彼は彼女に飛びかかり
拳で殴り、彼女に言うことをきかせた
雪の厚い静寂が弱めた
殺されようとする者のような、叫び声を。
突然、二匹の犬が長々と
無人の平原に悲しい遠吠えをあげ、
恐怖の震えが彼らの背を駆け抜けた。

小屋の中はさながら戦闘だった。
もがく体が絶望的にもぶつかって
狭い住まいの壁に音を立てた。
それから、むせぶ女の嗚咽のようなものが!
そして戦いが再開し、長々と続き、終わった
最後に、助けを呼ぶ弱々しい声が発され
野原の内にこだまもなく消えた!

                    ――青白い朝の光が
灰色の空からかすかに降り始めていた。
一層冷たい風が、喘ぎ声とともにうめいた。
霜によって硬直した貧弱な木々は
死に絶えたかのよう。いたるところ事物の終わりだった。

だが、ヴェールをあげるように、滑りゆく雲が
雪の上にバラ色の光を雨と降らせた。
赤紫に染まった空は血をまき散らす
白い平原の先の無人の丘に、
牧人の小屋、枝々の氷の上に。
大殺戮が地平を覆ったとも言いえただろう!
――そして羊飼いは家の敷居に姿を現した。――
彼も赤く染まり、夜明けよりも赤かった!
深紅の空が洗われて
のぼった太陽のもとですべてが白に戻っても、
彼は、立ったまま狼狽し、より一層赤くなるかに見えた
あたかも、外に出る前に、顔や手を
カーマインの染料に浸したかのように。
彼は身をかがめ、雪をとると、その指の跡が
地面に大きな血塗られた穴を穿った。
ひざまずいて顔を洗うと、
赤い水が流れ、それを彼は震えながら眺めた
恐怖に痙攣しながら。――そして彼は逃げ出した。

彼は山から駆け降りると、轍の中を転がり、
蓬髪のように厚いやぶの中を進み、
追われる狼のように何度も回り道をする!
彼は止まる。恐怖に見開かれた目は
四方八方、集落がないか窺っている。
手の平の窪みに少しばかりの水をすくう
まだ残る深紅の染みを消すために!
そしてまた出発する。その心に現れるのは恐怖
死ぬまで誰にも会うことなくさ迷いつづけるのではないか
かくも広大な雪の中、かくも冷たい空の下を!

耳を澄ます。――鐘が鳴るのが聞こえると、
足早に村へと向かう。
戸口では農民たちがすでに話しあっている。
駆けながら叫ぶ。「みんな来てくれ、彼女は死んだ!」
彼は過ぎ行く。――離れた住まいの戸も叩きに行き、
繰り返す。――「だから来てくれ、来てくれ、俺が殺したのだ!」
噂話の声は大きくなり、続いていく
近隣の集落へも。誰もが立ち上がり、
家を出ると、牧人に付き従う。
彼はその執拗な駆け足を止めない。
彼は歩く。――人間の群れが後を追い
染みのない牧場に、黒いリボンを広げる。
過ぎ行く土地ごとにさらに数を増やす。
彼らは行く、騒々しく、彼方、高みへと
そこへ、息を切らしながら、不吉な牧者が導いてゆく!

彼らは理解した、殺された女は誰なのか。
何故、どうして、殺人が犯されたのかは
尋ねなかった。漠然と感じていたのだ
この死の上に「宿命」のようなものが漂っているのを。

――彼女は「美」を持ち、彼は「策略」。必要だったのだ
二人の内の一人が斃れることが。等しい二つの「力」は
いつでもともに君臨はできない。敵対する二人の「偶像」は
天を分け合うことはできない。そして、醜い神は
決して美しい神を許すことはない。――

                         丘の
頂きで、小屋の前で皆は止まった。
彼はひとりあえて入り、自分の罪と向き合った。
愛された死者を抱えると、運びだし、
彼らに投げ与えた、裸のまま。そして侮辱の身振りで
叫ぶかのようだった。――「取れ、くれてやる!」
そして彼は小屋に入り、中に閉じこもった。
皆は彼をそこに残した。愛に蝕まれ、激情に捕われたままに。

雪の上に横たわるのはまばゆい肢体
そこにもう血の滴は見えなかった。
それというのも犬どもが、動かずに横たわっているのを見て
愛情をもって執拗に彼女を舐めつくしたからである。

眠ったまま、彼女は生きているようだった。超人間的な
美の反映が、その顔に輝いていた。
だが刃物はまだ刺さったままだった。まさしく
乳房の間に道が開くところに。
彼女の顔は黄金の染みを作っていた
地面の白さの上に。――取り乱した人々は
神聖なもののように、彼女を眺めていた!
そして燃えるような髪は、輪となって広がり、
輝いていた、彗星の火の尾のように、
天の穹窿から落ちてきた太陽のように。
頭から光線が出るようだと、
神々の額に置く光輪だとも言えただろう!

だが何人かの農民、慎み深い老人が、
自分たちの着ていた山羊皮の上着を脱ぐと、
輝かしい裸体を乱暴に覆った。
若者たちは、長い枝を切って、
担架を作り、袖をまくる
震える二十本の腕で、彼女の体は運ばれた!

群衆は言葉もなく、ゆっくりと付き従う。
蒼ざめた田園の遠くの端まで、
蛇のように、巨大な列が這って行く。
そしてすべては元のように無言で無人となる!

だが牧人は、孤立した小屋に閉じこもり、
自分の周りに恐ろしい孤独を感じている
あたかも宇宙全体が彼から逃げたかのように。
外に出ても、凍った平野しか目に入らない!……
恐怖が彼を締めつける。――それ以上一人でいられなくて、
彼は自分の大きな犬たち、善良な二匹の番犬を呼ぶ。
犬たちが走って来ないので、彼は驚いて眺める。
だが田野を跳ね回る姿は見えない……
――その時、彼は叫ぶ。――雪がその強い声をかき消す……
彼は狂人のようにうめき声をあげはじめる!

犬たちは、皆の出発に引きずられていくように、
主人を捨てて、死んだ女を追いかけていったのだった。




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