モーパッサン 「恐怖」(1884)

« La Peur », le 25 juillet 1884



(*翻訳者 足立 和彦)

「恐怖」掲載紙 解説 1884年7月25日、日刊紙『フィガロ』 Le Figaro に掲載された一文。作者生前は単行本未収録。プレイヤッド版はこれを「小説」の枠に入れているが、発表時は時評文の枠組みで書かれており、語り手「私」はモーパッサン自身と考えられる。列車内で出会った老人との対話という形で構成されている。
 ここでモーパッサンは、人が理解できないものに直面した時に感じるのが真の「恐怖」であるとし、その事例として、トゥルゲーネフの語った思い出話、および老人の語るブルターニュの夜道で出会った無人の手押し車の物語が挙げられている。
 超自然についての信仰が失われたという認識は、先に時評文「さらば、神秘よ」において述べられ(一部の語句が再利用されている)、1883年の「幻想的なもの」でも怪奇について語られる。また、同じく「恐怖」と題する作品が1882年に書かれている。過去の迷信は失墜したが、合理主義の時代においても未知なものは存在し、それが極度の恐怖を駆り立てる。その事実を現代人の抱えるアポリアとして、モーパッサンは繰り返し作品の中で問題とした。モーパッサンの一連の〈幻想小説〉を理解する上で、本一文は重要な鍵を提供してくれるものである。
 なお、末尾において、当時南仏で流行したコレラについて触れられているが、〈目に見えないもの〉の脅威を語る言葉には、後の幻想小説「オルラ」を想起させるものがあるだろう。
 本作品には、次の既訳がある。「恐怖 その二」、『モーパッサン怪奇傑作集』、榊原晃三訳、福武文庫、1989年、p. 67-81.


***** ***** ***** *****

恐怖


 列車は全速力で闇の中を走っていた。
 私は一人で、ドアから外を眺める年を取った男性と向き合っていた。マルセイユから来たに違いない、このパリ=リヨン=地中海鉄道の車両の中には、石炭酸の強い匂いがしていた。
 その夜は月が見えず、風もなく、焼けるような暑さだった。星もまったく見えず、猛スピードで走る列車の吐き出す蒸気が、熱く、うっとうしく、重々しく、息苦しい何かを我々にぶつけてくるのだった。
 三時間前にパリを出発した我々は、フランスの中心部へ向かっていたが、途中の地域は何も見えないままだった。
 それは突然現れた、幻想的な亡霊のようだった。森の中で、大きな火の周りに、二人の男が立っていたのである。
 一瞬のあいだ、我々はそれを目撃した。我々には、ぼろを着た乞食のように見えた。焚火のまばゆい光の中で赤く染まり、ひげを生やした顔をこちらに向けていて、二人の周囲には、ドラマの背景のように、緑の木々が生い茂っていた。緑色は明るく輝き、幹は炎の鮮やかな反射を浴びていた。葉々の間を光が通り抜け、染み通り、光が中を流れて葉は光っていた。
 それから、すべては再び暗くなった。
 確かに、それはたいへんに奇妙な光景だった! その森の中で、二人の浮浪者は何をしていたのだろうか? 蒸し暑い夜に、なぜあのような火を焚いていたのか?
 同乗者が時計を取り出し、私に向かって言った。
「ちょうど午前零時ですよ。奇妙なものを見ましたね」
 私は同意し、我々はおしゃべりを始めると、あの者たちは何者だろうかと詮索しあった。証拠を燃やす犯罪者か、はたまた媚薬を調合する魔法使いか? 真夏の真夜中に、森の中で、スープを火にかけるためにあのような焚火はしないのではないか? では何をしていたのだろう? 我々には本当らしい事柄を想像することができなかった。
 そして同乗者が話し始めた……。年寄りで、どんな職業なのか分からなかった。間違いなく個性的な人物で、たいへん教養があったが、恐らくいささか頭がおかしいようだった。
 だが、しばしば理性が愚かさと呼ばれ、狂気が天才と呼ばれるに違いないこの社会にあって、誰が賢者で誰が狂人かなど分かるものだろうか?
 彼は以下のように語った。

*****

 私はあれを見られて嬉しく思いますよ。数分の間、もう今では失われた感覚を味わいましたからね!
 かつて、大地がたいへんに謎に満ちていた時には、それはどれほど心をかき乱すものだったことでしょう!
 未知のヴェールが持ち上げられてゆくにつれ、人間の想像世界から生命が失われてゆきます。夜に亡霊がいなくなって以来、それは空虚で、とても下卑た闇に覆われるようになったと思いませんか。
 人は言います。「もう幻想は存在せず、奇妙な信仰も存在しない。解明されていないものも説明可能なのである。運河が水を汲み尽くす湖のように、超自然は干上がっている。科学は、日々、驚異の境界を後退させているのだ」と。
 やれやれ、私はと言えばですね、信じることが好きな古い種族に属しているのです。理解しないこと、探求しないこと、知ろうとしないことが習慣となっていて、周囲の謎に慣れており、単純で明白な真実を拒もうとする、純朴な古い種族に属しているのです。
 そうです、見えないものが取り去られてしまったことで、想像世界から生命が失われてしまいました。今日、私たちの大地は、見捨てられ、空虚で裸の世界であるように私には見えます。大地を詩的なものにしていた信仰は失われてしまいました。
 夜に外出する時、墓地の壁に沿って歩く老女に十字を切らせ、沼地の不思議な霧と奇妙な鬼火を前にして最後の迷信家を逃げ出させる、あの不安にどれほど震えたいことでしょう! 暗闇の中を通り過ぎるのを感じるように想像するあの漠然として恐ろしい何かを、どれほど信じてみたいことでしょう。
 かつて、伝説上の未知の存在、陰険な徘徊者、どんな形かも分からず、それに対する不安に心も凍り、その謎の力は我々の思考の限界を超えており、それに捕まるのが不可避な何かで満ちていた時には、夜の闇はどれほどに暗く、恐ろしかったことでしょうか?
 超自然とともに、真の恐怖は地上から姿を消しました。なぜなら、人が真に恐怖を抱くのは、理解できないものに対してだけだからです。目に見える脅威は心を動かし、動揺させ、驚かせはするでしょう! でもそんなものは、さ迷える幽霊に出会うかもしれないとか、死者の抱擁を受けるかもしれないとか、人間の恐怖が生み出した恐るべき獣の一つが駆けて来るのを見るかもしれないといった考えによって、魂が襲われるわななきに比べたら、何だというのでしょう? 幽霊が出なくなって以来、闇は以前より明るくなったように私には思えるのです。
 その証拠として、もし私たちだけで、突然あの森にいることになったら、なにかしら現実的な危険に対して心配するよりも、先ほど焚火の閃光の中に現れた、奇妙な二人の男のイメージにこそ付きまとわれることでしょう。

*****

 彼は繰り返した。「人が真に恐怖を抱くのは、理解できないものに対してだけなのです」
 すると突然、ある思い出が湧き上がってきた。ある日曜日、ギュスターヴ・フロベール(1)宅で、トゥルゲーネフ(2)が我々に語った物語の記憶である。
 彼がどこかにそれを書き残しているかどうか、それについては私は何も知らない。
 あのロシアの偉大な小説家以上に、ヴェールに覆われた未知のものがもたらす恐怖で魂を震えさせられた者はいなかったし、奇妙な物語の薄暗い明かりの中に、不安を掻き立てる、不確かで不穏な世界を垣間見させられた者もいなかった。
 彼とともにいる時、〈目に見えないもの〉に対する漠然とした恐怖、壁の向こう、ドアの向こう、目に目えている人生の向こうにある、未知のものに対する恐怖をありありと感じることになる。彼とともにいる時、我々は突然、不確かな光を注がれるのだが、その光は、我々の不安を増大させるに十分なだけの明るさで照らすのである。
 彼は時折、奇怪な偶然の巡り合わせ、すなわち、見かけ上は偶然であるが、隠された陰険な意図によって導かれている諸状況の予想外の結合の持つ意味を、我々に示しているかのようである。彼とともにいる時、まるで絶えずその意味が分からない曖昧模糊とした夢の中を行くように、人生を行く中で、謎めいた仕方で我々を導いている見えない糸が感じられるような気にさせられる。
 彼はエドガー・ポー(3)やホフマン(4)のように、大胆に超自然の中に入り込むことはない。彼が語るのは単純な物語であり、そこにただ、幾らか曖昧で、幾らか心を乱すような何かが混ざっているだけなのである。
 その日、彼も我々に言ったのだった。「人が真に恐怖を抱くのは、理解できないものに対してだけなのです」と。
 彼は座っていた。むしろ、大きな肘掛け椅子の中に沈み込んでおり、腕はぶら下がり、足は伸ばされて力を抜いていた。頭は真っ白で、大量の銀色のひげと髪に埋もれるようで、それゆえに父なる神、あるいはオウィディウスの描く川の神のように見えるのだった。
 彼はゆっくりと話した。ある種の無気力さが言葉に魅力を与え、多少重々しい舌のためらいが、生彩ある言葉の正確さを強調していた。色の薄い目は大きく見開かれ、子どもの目のように、思考がもたらすあらゆる感動を映していた。
 彼は以下のことを語ったのだった。

 青年だった頃、彼はロシアの森の中で狩りをしていた。日中ずっと歩いた後、午後の終わり頃に、ある穏やかな川の岸辺に辿り着いた。
 川は木々の下を、あるいは木々の中を流れ、水面にはたくさんの葉が漂っていて、深く、冷たく、澄んでいた。
 狩人は、この透明な水の中に身を投じたいという絶対的な欲求に捕われた。彼は服を脱ぎ、流れの中に飛び込んだ。とても大柄で力の強い青年で、たくましく大胆な泳ぎ手だったのである。
 彼は静かに漂っていた。心は穏やかで、草や根がそばを流れてゆく。体の上をつる植物がさっと滑っていくのを感じつつ、幸福に浸っていた。
 すると突然、肩の上に手が置かれたのである。
 飛び上がって振り返った彼は、自分をじっと見つめる恐ろしい生き物を目にした。
 それは女に、あるいは雌猿に似ていた。顔は巨大でしわが寄っており、しかめ面をして笑っていた。名づけようのない二つのもの、両の乳房らしいものが体の前にぶら下がっている。日に焼けて赤くなっている、もつれ合う並外れた髪の毛が顔を覆い、背中に漂っていた。
 トゥルゲーネフは、おぞましい恐怖に、超自然的な事物に対する凍えるような恐怖に身を貫かれるのを感じた。
 よく考える暇もなく、何も分からないまま、彼は取り乱して岸へ向かって泳ぎ始めた。だが怪物のほうが一層速く泳ぎ、喜んで薄笑いを浮かべながら、彼の首、背中、足に触れてくる。青年は恐怖に駆られて我を忘れ、ようやく川岸に辿り着くと、全速力で森の中を駆け抜けてゆき、衣服や銃を拾うことも考えなかった。
 恐ろしい生き物は彼を追いかけ、彼と同じ速さで駆けながら、絶えず唸り声を上げていた。
 逃げる青年が、力も尽き、恐怖で体が強張り今にも倒れそうになった時、ヤギの番をしていた少年が鞭を持って駆け寄ってきた。少年がぞっとするような獣人を叩き始めると、それは苦痛の叫び声を上げながら逃げ出していった。トゥルゲーネフはそれが、雌のゴリラそっくりな様子で、葉の中に消えてゆくのを見たのだった。
 それは一人の狂女で、三十年以上も前からその森の中で、羊飼いたちのほどこしによって暮らし、日々の大半を川で泳いで過ごしていたのだった。
 偉大なロシアの作家は付け加えた。「人生でそれほど怖かったことはありませんでした。それというのも、その怪物が何なのか、私には分からなかったのです」

 私がこの出来事を語って聞かせると、連れの男が再び口を開いた。

*****

 そうです、人は理解できないものしか怖がらりません。戦慄と呼ばれるような、ぞっとするような魂の痙攣を真に感じるのは、幾世紀も続いた迷信じみた不安が、恐怖に幾らか混ざり合った時だけなのです。私はと言えば、私もその不安の中で戦慄を感じたことがありますが、それはごく単純な、馬鹿馬鹿しいものに対してだったので、なかなかそれをお話ししにくいほどです。
 私は一人、徒歩でブルターニュを旅行していました(5)。フィニステール地方、うら寂しい荒れ地、ハリエニシダしか生えない裸の大地、神聖な巨石、妖精に取り憑かれた石の傍を歩き回ったのでした。前日には、不吉なラ岬、あの古い世界の果てを訪れたところでした。そこでは大西洋と英仏海峡という二つの海が、永遠にぶつかりあっています。私の精神は、信仰と迷信に満ちたこの地について、聞いたり読んだりした伝説や物語で一杯でした。
 そして私は、夜の間に、パンマールからポン=ラベへと行ったのです。パンマールをご存じですか? 平らな、まったく平らな岸辺で、とても低く、海よりも低いのではないかと思われるほどです。海はどこにも見えます。灰色で威嚇するような、猛り狂う獣のように泡立つ暗礁で一杯の海です。
 漁師たちの居酒屋で食事をした後、荒れ地の間のまっすぐな道を歩いていました。とても暗い夜でした。
 時折、ドルイド教の石が、立ち上がった亡霊のように、私が通ってゆくのを眺めているようでした。そして少しずつ、私の中に漠然とした不安が侵入してきたのです。何に対してでしょうか? それは分かりませんでした。精霊に触れられたと信じ込んだり、理由もなく魂が震えたり、私が哀惜しているあの目に見えない何かに対する漠とした恐れに、心臓が早鐘を打つような夜があるものです。
 その道は長いように思えました。どこまでも長く、何もないのです。
 彼方、背後で聞こえる波のうなりの他にはどんな音もせず、時折、その単調で威嚇するような音がとても近くに聞こえるような気がして、あまりに近いので、波が私を追いかけて、泡立った顔をして平野を駆けてくるような気がしたので、逃げ出して、全速力で走ってゆきたくなったのでした。
 風、突風となって吹きすさぶ低い風によって、私の周りのハリエニシダが音を立てていました。そして、私はとても速く歩いていたにもかかわらず、腕や足に寒気を感じていました。不安から来る不快な寒さです。
 おお! どれほど私は誰かに会いたかったことでしょう。誰かに話しかけたかったことでしょう。
 とても暗かったので、今では道はほとんど見分けられませんでした。
 そして突然、前方のずっと遠くに、車輪の音が聞こえました。「おや、車だ」と、私は思いました。それから、もう何も聞こえませんでした。
 少し経った後、同じ音がもっと近くでするのをはっきりと聞き取りました。
 それでも、どんな光も見えませんでした。けれど私は考えました。「彼らはランタンを持っていないのだ。こんな人里離れた地では驚くことでもないだろう」
 音はまた止まり、そして再開しました。荷馬車にしてはか細すぎる音でした。それに、馬の足音はまったく聞こえませんでしたが、そのことは驚きでした。夜は静かだったからです。
 私は考えました。「いったい何なのだろう?」
 それは絶えず近づいてきます。そして突然、混乱し、馬鹿げていて理解できない不安に私は捕えられたのです。――それは何でしょうか? その音はとても速く、とても速く近づいていました! 確かに、私の耳には車輪の音しか聞こえません。――鉄具や足の音はまったくしないのです――他には何も。それは何だったのでしょうか?
 それはすぐ近く、すぐ近くに来ていました。私は本能的な恐怖に駆られて溝に飛び込みました。そして私は、すぐ傍を一輪の手押し車が通り過ぎてゆくのを見たのですが、それはそれだけで走っていたのです……、押す者は誰もおらず……、そうです、手押し車が……、ひとりでに……。  心臓があまりに激しく跳ね始めたので、私は草の上に屈み込み、海のほうへ遠ざかってゆく車輪の音を聞いていました。私は起き上がったり、歩いたり、動いたりすることができませんでした。それというのも、もしもその車が戻ってきたら、もしもそれが私を追いかけてきたら、私は恐怖で死んでしまっていたでしょう。
 立ち直るまでには長い、とても長い時間がかかりました。残りの道のりを行く間はあまりにも心が不安に捕われていたので、どんな些細な音にも息が止まるほどでした。
 どうです、馬鹿げていますか? でも、どれほど怖かったことでしょう! 後になってから、よく考えてみて分かったのですが、間違いなく、裸足の子どもがあの手押し車を押していたのでしょう。それなのに私は、通常の高さのところに人の頭を探していたというわけです!
 お分かりになりますか……、精神がすでに超自然に対して震えている時に……、手押し車が……、ひとりでに走る……。 なんという恐怖でしょう!

*****

 一瞬、彼は口を閉ざし、それから続けた。
「ねえ、あなた、私たちは恐ろしくも興味深い光景を目にしているじゃありませんか。あの「コレラ」の侵入です!
 この車両に満ちている石炭酸の匂いを嗅いでいらっしゃるでしょう。それは〈奴〉がどこかにいるということです。
 目下のトゥーロンを見る必要があります。ほら、〈奴〉がそこにいることを人は感じ取っています。そして、あの人たちを狂乱させているのは、病気に対する恐怖ではありません。コレラは、それとは別物なのです。それは〈目に見えないもの〉です。かつての、過ぎ去りし時代の災禍、一種の悪意を持った〈精霊〉が戻ってきて、我々を驚かすと同じくらいに怯えさせているのです。なぜならそれは消え去った時代に属すもののように見えるからです。
 医者たちは、彼らの微生物でもって私を笑わせます。人間を窓から飛び降りさせるほどに怖がらせているのは虫けらではありません、それは「コレラ」です。東洋の奥底からやって来た、説明不可能な恐ろしい存在なのです。
 トゥーロンを通ってごらんなさい。人々は通りで踊っていますよ。
 この死の日々に、どうして踊るのでしょうか? 町の周囲の田舎では花火を打ち上げています。喜びに駆られて火を点け、あらゆる公の散歩道では、楽団が陽気な音楽を演奏しています。
 この狂乱は何故でしょうか? それは〈奴〉がいるからです。〈微生物〉ではなく〈コレラ〉に立ち向かっているからであり、隠れて様子を窺う敵に対するように、奴に対して威勢の良さを示したいからです。奴のために人は踊り、笑い、叫び、花火を打ち上げ、ワルツを演奏する。奴のため、人を殺す〈精霊〉のためであり、人はそれが至る所に存在するのを感じているのです。目に見えず、威嚇するようで、あたかも未開文明の祭司たちが祓っていた古代の悪の精のように……」


『フィガロ』紙、1884年7月25日
Le Figaro, 25 juillet 1884.
Guy de Maupassant, Contes et nouvelles, Gallimard, coll. « Bibliothèque de la Pléiade », t. II, p. 198-205.




訳注
(1) Gustave Flaubert (1821-1880) : 小説家。精密な考証を基に、推敲に推敲を重ねて小説を執筆した。『ボヴァリー夫人』(1857)、『感情教育』(1869) などの作品は後世に大きな影響を与える。モーパッサンは1870年代を通してフロベールに師事し、文学について多くを学ぶ。80年代には「ギュスターヴ・フロベール」(1884) をはじめ、いくつもの記事の中で亡き師について語っている。
(2) Ivan Tourgeniev (1818-1883) : ロシアの小説家。人道主義に立って社会問題を取り上げた。フランスに長期滞在し、フランスの芸術家と親しかった。『猟人日記』(1852)、『父と子』(1862) など。モーパッサンはフロベールを通してトゥルゲーネフと親交を持ち、彼の作品を高く評価した。最初の短編集『メゾン・テリエ』はトゥルゲーネフに捧げられる。また、トゥルゲーネフが亡くなった時には「イヴァン・トゥルゲーネフ」(1883) などの追悼文を執筆している。
(3) Edgar Allan Poe (1809-1849) : アメリカの小説家・詩人・批評家。怪奇的・幻想的小説で知られる。フランスには詩人ボードレールの翻訳によって紹介され、19世紀世紀後半の文学に大きな影響を与えた。モーパッサンの短編「けいれん」(1884) には、「アッシャー家の崩壊」(1839) などのポー作品の影響が明らかである。
(4) E. T. A. Hoffmann (1776-1822) : ドイツの小説家。怪奇的・幻想的小説は、1820年代にフランスに移入され、ロマン主義文学に大きな影響を与えた。モーパッサンは時評文「幻想的なもの」などにおいて幻想文学について語る時、決まってホフマンとポーの名前を挙げている。
(5) モーパッサンは1879年にブルターニュ地方を旅行した。旅行記「妖精たちの国」(1880) や「四旬節に」(1883) の中で、その時のことが記されている。



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