モーパッサン
『十九世紀における小説の進化』

L'Évolution du roman au XIXe siècle, octobre 1889



(*翻訳者 足立 和彦)

「十九世紀における小説の進化」冒頭 解説 1889年10月、雑誌『1889年万国博覧会誌』 Revue de l'Exposition universelle de 1889 に掲載された評論。雑誌は合冊され、2巻の単行本として刊行されている(モテロ、バシェ、1889年)。
 ダーウィンの進化論の普及とともに、「進化」の概念を社会的事象に応用させる考えが19世紀末に盛んに見られるようになる。ここでモーパッサンは、18世紀後半および19世紀初頭からの約100年の間の長編小説の「進化」の歴史を辿っている。アベ・プレヴォーを祖として生まれた近代小説は、スタンダール、バルザックによって発展し、フロベールによって芸術としての完成をなしとげ、それをさらにゾラをはじめとする自然主義の作家たちが広めた、というのが大筋である。
 末尾では、そのような現代小説はすでに完成に行き着いたのではないかと述べられ、(象徴主義を標榜する)新世代の作家たちの姿が素描されているが、モーパッサンは彼らの神経過敏な様相に批判的で、観察する能力が欠如しているのではないかと疑問を呈している。モーパッサンが時代の転換に意識的であったという事実は注目に値するだろう。
 なお、1891年にはジャーナリストのジュール・ユレが多くの文学者を相手に「文学の進化についてのアンケート」を行い、モーパッサンも彼の訪問を受けることになる(「ギ・ド・モーパッサン氏」)。


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 こんにち風俗小説と呼ばれるものは、ごく最近に発明されたものである。私はその起源を『ダフニスとクロエ(1)』までは遡らないでおこう。古代に対して心を高ぶらせる博学で柔和な精神の持ち主は、この詩的な牧歌に夢中になる。また、頽廃期の古典作家アプレイウスが改めて取り上げて発展させた『ロバ(2)』まで遡ることもしないでおこう。
 今世紀初めからの現代小説の進化に関するこのごく短い評論の中では、冒険小説と呼ばれるものにも触れないでおこう。それは中世から続いており、騎士道物語から生まれ、スキュデリー嬢(3)が跡を継ぎ、さらに後にフレデリック・スーリエ(4)とウージェーヌ・シュー(5)によって改良が加えられ、アレクサンドル・デュマ・ペール(6)という天才的な語り手の内に頂点を見たと考えられる。
 こんにちでもまだ何人かの者が、本当らしくもなく、際限もなく五・六百ページも続く物語をつまぐることに躍起になっているが、文芸に関心を抱き、それに情熱を掻き立てられる者たちは誰も読んではいない。
 人を楽しませる作家たちのこの流派が文学者の評価を得ることは稀だが、その華々しい勝利は、デュマという名の書物を吐き出す活火山の例外的な能力、その汲めど尽きせぬ想像力と、枯れることのない才気とのお蔭であろう。その流派とは別に、我が国には一連の哲学的な小説家が登場したが、その主要な祖先は、ルサージュ(7)、J・J・ルソー(8)、アベ・プレヴォー(9)という、すっかり異なる性質を持った三人である。
 ルサージュの後継者となったのは才気煥発で想像力豊かな一族であり、彼らは紙を前に置き、方眼鏡を目にあてて窓から世界を眺めた。微笑みを浮かべた心理学者、感動するよりも皮肉を言う質で、観察に基づいた外見と文体の優雅さでもって、生き生きとした操り人形を我々に提示してみせた。
 この流派の者たちは貴族的な芸術家で、彼らの芸術、才能、皮肉、繊細さ、感受性を我々の目に見えるようにすることに特に気を配る。そうしたものを、明らかに空想に基づく架空の人物、彼らが生気を吹き込む自動人形の周囲に惜しげもなく振りまくのである。
 J・J・ルソーの後継者は、小説家であると同時に哲学者でもある偉大な一族であり、かつて理解されていたような意味での書く技術を、一般的な概念のために用いた。彼らは一つの命題を取り上げ、それを行動の中に提示する。彼らの描くドラマは人生から引き出されたものではなく、一つのシステムの真偽を証明するために着想され、組み立てられ、展開されたものなのである。
 比類ない名手、言葉のリズムによる歌い手シャトーブリアン(10)にとっては、文章は、言葉の価値と同様に響きによっても思考を表現する。彼はジュネーヴの哲学者の偉大なる後継者であった。そしてサンド夫人(11)は、この家系に連なる最後の天才的な子どものようである。ジャン=ジャックと同様に、彼女の内には命題を個人の内に人物化しようという関心だけが認められた。筋を通して、この人物たちは作家の教義の公式の弁護人なのである。夢想家、理想家、詩人、あまり正確ではなく観察者でもないが、その代わりに雄弁な説教師、芸術家、誘惑者である。こうした小説家は、こんにちの我々の内にはほとんど代表と呼べる者がいない。
 だがアベ・プレヴォーからは、観察者、心理学者、真実を求める者(ヴェリタリスト)の力強い一族が登場することになった。まさしく『マノン・レスコー(12)』とともに、現代小説の見事な形式が誕生したのである。
 この書物においてはじめて、作家はただ単に芸術家であることをやめた。人物の巧妙なる見世物師は、前もって考えられた理論もなく突然に、天才に固有の資質と能力そのものによって、誠実なる者、見事な人間の霊媒師となったのである。はじめて、我々に似た人々だという、深く、感動的で、抵抗しがたい印象を我々は受け取った。この人物たちは情熱的であり真実によって衝撃的で、彼らの人生を、我々の人生を生きており、書物の頁の中で我々と同じように愛し、苦しんでいる。
 『マノン・レスコー』、この模倣不可能な傑作、女性の心理のこの見事な分析は、恐らくは存在するものの中でもっとも繊細、もっとも正確で、もっとも洞察力に富み、もっとも完全で、もっとも真実を明かすものである。この書は、高級娼婦の軽薄で、愛らしく、移り気で、不実であると同時に忠実な魂を、あまりにも赤裸々で真実に溢れたものとして、親密さの内に我々に明かしてくれるので、同時にすべての女性の魂についても教えてくれる。それというのもすべての女性は、程度の差こそあれ幾らか互いに似通っているからだ。
 革命下と帝政時代には、文学は死に絶えたようだった。文学は静穏な時代にしか生きられない。静穏な時代とは思索の時代である。暴力と蛮行、政治、戦争と暴動の期間には、芸術は姿を消し、完全に消滅してしまう。粗暴な力と知性とが同時に君臨することはできない相談なのである。
 復活はまばゆいものだった。詩人の一団が現れた。彼らはA・ド・ラマルティーヌ(13)、A・ド・ヴィニー(14)、A・ド・ミュッセ(15)、ボードレール(16)、ヴィクトール・ユゴー(17)と呼ばれた。そして二人の小説家が登場する。彼らにこそ、想像された冒険から観察された冒険へ、さらには、あたかもそれが人生に属するもののように物語られる冒険へという、真の進化の起源を認めることができる。
 二人のうちの最初の者は、帝政時代の〈叙事詩〉の動揺の中で育ち、その名をスタンダール(18)という。もう一人は現代文芸の巨人、フランス文学の父たるあのラブレー(19)と同じほどに巨大であり、その名をオノレ・ド・バルザック(20)という。
 スタンダールはとりわけ先駆者としての地位を守っている。彼は風俗画の先人である。この洞察力に富んだ精神は、見事な明晰さと正確さ、人生についての繊細かつ幅広い感覚を備えており、書物の内にたくさんの新しい思想を流れさせたが、しかし彼は芸術というものについては完全なまでに無知だった。芸術という神秘こそが思想家と作家とを絶対的に区別する。作家は作品にほとんど超人間的な力を付与し、絶対的な均衡の持ついわく言い難い魅力や、文の生みの親によって集められた言葉の魂という神々しい息吹をもたらすのである。スタンダールは思想と不可分の形式たる文体の全能性をまったく理解しておらず、誇張表現と芸術的言語とを混同していたので、その天才にもかかわらず、二流の小説家に留まったのである。
 偉大なるバルザックでさえ、作家となったのは、激昂した馬のような熱情に駆られて書いている時だけだった。その時には、ほとんどいつも骨を折っても無駄だったように探し回ったりせずとも、あの柔軟さと正確さを見いだすことができたのであり、そのお蔭で読む喜びは百倍にもなるのである。
 だがバルザックを前にして、あえて批評しようと思う者は少ない。信者は自身の神に向かって、宇宙の不完全さを非難しようとするだろうか? バルザックは神のように豊穣で、旺盛で、過剰で、驚くほどのエネルギーに溢れているが、完成を求めるために立ち止まる時間を持たない創造者らしく、待ち切ることができず、荒々しく、軽率で、着想は不完全、均衡に欠けているのである。
 彼が観察者だったとは言えないし、彼の後に何人かの小説家がしたように正確に人生の光景を喚起したと言うこともできない。だが彼はあまりに天才的な直観に恵まれていたし、あまりにも本当らしい人類を丸ごと作り出したので、誰もがそれを信じ、それは真実となった。彼の見事なフィクションがこの世界に修正を加え、社会に侵入し、自らを押しつけたことによって、夢から現実の中へと移行したのである。その時、バルザックの人物たちは、彼以前には存在していなかったのだが、書物から出てきて人生の中へと入っていった。それほどまでに、彼は存在、情熱、出来事についての完璧なイリュージョンを生み出したのである。
 しかしながら、こんにちでは慣例となっているように、自らの創作方法を体系化するようなことを彼はまったくしなかった。ただ驚くべき豊穣さと無限の多様性でもって生産しただけだったのだ。
 彼の後に、やがて一つの流派が形成され、バルザックが上手には記さなかったことを根拠として、もはやすべてについて書くことはせずに、人生の正確な複製を規則に仕立て上げた。シャンフルーリ氏(21)はこの現実主義者たちのもっとも注目すべき首領の一人だったが、もっとも優れていた一人がデュランティー(22)で、『アンリエット・ジェラールの不幸』というたいへん興味深い小説を残した。
 この時まで、書物の中に真実の感触をもたらすことに取り組んでいたすべての作家は、書く技術と呼ばれるものにほとんど関心を払っていなかったように見える。彼らにとっては、文体とは制作における一種の約束事であり、それは着想における約束事と不可分のものだったので、よく推敲された芸術的な言葉は、通りに実在するのとすっかり同じように作りたいと思う小説の登場人物に対し、借りてきたような雰囲気、非現実的な空気を与えてしまったのだと言えるだろう。
 その時に、一人の青年が現れた。彼は叙情的な気質を持ち、古典作品に養われ、書く技術、文体、文章のリズムに心を奪われ、心には他のものへの愛情を抱かず、観察者としての見事な目、全体と細部、形態と色彩とを同時に見る目を備え、行為や出来事の造形的な価値を判断しながら、同時に隠された意図を見抜くこともできる人物であり、彼は、無慈悲なまでに正確で、完璧に作られた一冊の書物をフランス文学史にもたらしたのである。
 現代的な文体と観察との結合がなされたのは、ギュスターヴ・フロベール(23)のおかげである。
 だが真実、というよりもむしろ本当らしさの追求は、少しずつ、こんにち人間的資料と呼ばれるものの情熱的な探求を招くこととなった。
 現在の現実主義者の祖先たちは、人生を模倣しながら作り上げようと努めた。彼らの息子たちは、あらゆる方面から集めてきた真正の部品を使って、人生そのものを再構成しようと努めている。そして彼らは信じられないほどの執拗さで集め回っている。あらゆるところへ出向き、くず拾いのようにかごを背負って、探し回り、見張っている。結果として、彼らの小説はしばしば、異なった場で起こった出来事を寄せ集めたモザイクとなり、その多種多様な出所が、それらが集められた書物から、作者が何よりも求めているはずの本当らしさと均質性とを奪ってしまっていることがある。
 資料の収集と使用とにもっとも繊細で力強い技術をもたらした、現代の小説家の中でもっとも個性的な者といえば、もちろんゴンクール兄弟(24)である。彼らはさらに、特別に神経質で、感情的で、洞察力に富んだ性質の持ち主であり、新しい色彩を発見する学者のように、彼ら以前にはほとんど気づかれていなかった人生のニュアンスを提示するに至った。現在の世代に対する彼らの影響は甚大で、不安を催すほどであるが、それというのも弟子は誰でも師の手法を誇張することで欠陥におちいるものだからだ。師の場合には、立派な資質ゆえにその欠陥を免れていたのである。
 ほとんど同じ手法を用いつつも、ゾラ氏(25)はより力強く、より幅広く、より情熱的だがそれほど洗練されてはいない性質を持ち、ドーデ氏(26)はより器用で、より巧妙で、魅力的なほどに繊細だが、恐らくはそれほど真剣ではないやり方を用いる。そしてブールジェ氏(27)やド・ボニエール氏(28)のようなより若い何人かが、真実へと向かう現代小説の大きな運動を完成させ、終了させるかのようである。私ははっきりとした意図をもってピエール・ロチ氏(29)の名は挙げない。彼は散文における空想好きな詩人の王の地位に留まっている。こんにち現れたばかりの新人たちは、貪欲な好奇心をもって人生へと向かい、自分たちの周囲に熱心にそれを眺め、それぞれの気質次第の力強さでそれを享受したり、苦しんだりする代わりに、もはや自分たち自身しか眺めず、ただ自分たちの魂、心、本能、美質や欠点ばかりを観察し、最終的な小説の形は自伝でしかありえないと宣言している。
 だが同じ一つの心は、たとえそのあらゆる面から眺めたとしても、無限の主題を与えてくれるはずはなく、十巻にわたって繰り返された同じ一つの魂の光景は必然的に単調にならざるをえないゆえに、彼らは人工的な刺激、あらゆる神経症へ行き着くような入念な訓練によって、自分たちの内に特別に奇妙な魂を作り出そうと努め、それをまた彼らは特別に描写的で、イメージ豊かで、繊細な言葉によって表現しようと努力している。
 したがって、我々は〈自我〉の描写、それも過剰な観察によって肥大化した〈自我〉、あらゆる精神病の神秘的なワクチンを接種した〈自我〉の描写へと行き着いたのである。
 このように予言された書物は、告げられた通りに到来するならば、バンジャマン・コンスタン(30)の『アドルフ』の自然かつ退廃した子孫となるのではないだろうか?
 陳列された個性へと向かうこの傾向は、――あらゆる作品の価値は隠された個性にあり、それを人は天才とか才能と呼ぶ以上は――、この傾向は観察力の欠如、自己の周囲に散在する人生を、無数の足を持つ蛸がするように観察する力の欠如の証拠なのではないだろうか?
 ゾラが、自身の思想のために繰り広げた激しい戦いにおいて、その背後に立てこもった定義こそはいつでも真実なのではないだろうか。なぜならそれは文学芸術のあらゆる作品に、時がもたらすあらゆる変化にも適用可能だからである。その定義とは「小説とは、一つの気質を通して眺められた自然である」というものである。
 この気質というものはもっとも多様な性質を持ちうるものであり、時代によって変化しうるものであるが、プリズムのように面が増えれば増えるほど、自然の多様な面、光景、事物、あらゆる種類の思想とあらゆる人種の人間を反映させればさせるほど、それは偉大で、興味深く、新しいものとなるのである。


『1889年万国博覧会誌』、第2巻、1889年、245-248頁。
Revue de l'Exposition universelle, Motteroz et Baschet, 1889, t. II, p. 245-248.
Guy de Maupassant, Chroniques, préface d'Hubert Juin, U. G. E., coll. « 10/18 », 1980, t. III, p. 378-384.




訳注
(1) Poimenika ta kata Daphnin kai Chloen : 『ダフニスとクロエ物語』、2〜3世紀、ギリシアの小説家ロンゴスの作。牧人ダフニスと羊飼いの娘クロエの清純な恋の物語。
(2) Metamorphoses : 『黄金のロバ』、2世紀頃のローマの著述家アプレイウスの作。まちがえてロバに変身した主人公ルキウスが種々の面白い場面に遭遇する。
(3) Madeleine de Scudéry (1607-1701) : 小説家。社交界の著名な人物をモデルとした小説を著す。代表作に『クレリー』(1649-1653) がある。
(4) Frédéric Soulié (1800-1847) : 七月王政期に活躍した大衆小説家。『悪魔の回想』(1838)など。
(5) Eugène Sue (1804-1857) : 七月王政期に活躍した小説家。『パリの秘密』(1842-1843)、『さまよえるユダヤ人』(1844-1845) で大成功を収めた。
(6) Alexandre Dumas père (1802-1870) : 劇作家・小説家。新聞連載小説で人気を博した。『三銃士』(1844)、『モンテ・クリスト伯』(1844-1845) など。
(7) Alain-René Lesage (1668-1747) : 劇作家・小説家。『チュルカレ』(1709) などの戯曲、『ジル・ブラース』(1715-1747) などのピカレスク小説を執筆。
(8) Jean-Jacques Rousseau (1712-1778) : 思想家・小説家。ジュネーヴ出身。『新エロイーズ』(1761)、『告白』(1782-1789) など。ロマン主義の先駆者としてのルソーをモーパッサンは一貫して批判しつづけた。
(9) Abbé Prévost (1697-1763) : 小説家。修道士だったので司祭(アベ)と呼ばれる。『ある貴族の回想』(1728-1731) の一部として書かれた『マノン・レスコー』が名高い。
(10) François René de Chateaubriand (1768-1848) : 小説家・政治家。『アタラ』(1801)、『ルネ』(1802) によってロマン主義の先駆と位置づけられる。
(11) George Sand (1804-1876) : 小説家。『アンディアナ』(1832)で文名をあげ、以後多数の作品を執筆した。モーパッサンは「書簡に見るジョルジュ・サンド」などでサンドに触れている。
(12) Histoire du chevalier des Grieux et de Manon Lescaut (1731) : プレヴォーの中編小説。騎士デ・グリューと娘マノンとの恋愛物語。1885年にモーパッサンは「『マノン・レスコー』序文」を執筆している。
(13) Alphonse de Lamartine (1790-1869) : 詩人・政治家。『瞑想詩集』(1820) はフランスにおけるロマン主義の開花として成功を収めた。
(14) Alfred de Vigny (1797-1863) : ロマン派の詩人・小説家。小説に『サン=マール』(1826)、『軍隊の屈従と偉大』(1835) などがある。
(15) Alfred de Musset (1810-1857) : ロマン派の詩人・劇作家。早熟の才能を発揮し、ロマン派の寵児となる。モーパッサンも十代の一時期にミュッセに傾倒した。
(16) Charles Baudelaire (1821-1867) : 詩人。近代人の孤独と苦悩を歌った詩集『悪の華』(1857) で近代詩に革新をもたらした。未完の散文詩集『パリの憂鬱』(1869) も後世に大きな影響を与えた。
(17) Victor Hugo (1802-1885) : 詩人、劇作家、小説家。戯曲『クロムウェル』(1827) や『エルナニ』(1830)、『東方詩集』(1829) などによってロマン主義を主導した。第二帝政期には国外に亡命、小説『レ・ミゼラブル』(1862) を発表した。
(18) Stendhal (1783-1842) : 小説家。本名アンリ・ベール。心理描写と社会批判にすぐれた小説を執筆した。『赤と黒』(1830)、『パルムの僧院』(1839)。
(19) François Rabelais (1483頃-1553) : 作家。『パンタグリュエル』(1532)、『ガルガンチュア』(1534) 等の小説において、古典に基づく該博な知識と言葉遊び、造語、スカトロジーとを混ぜ合わせた一大世界を創造、その作品はユマニスム文学最大の成果と言える。モーパッサンは青年時代にラブレーを愛読した。
(20) Honoré de Balzac (1799-1850) : 小説家。人物再登場法を駆使し、自作の小説を『人間喜劇』の総題のもとにまとめあげ、七月王政下のフランス社会全体を描きあげることを試みた。近代リアリズム小説の代表者。
(21) Jules Champfleury (1821-1889) : ジャーナリスト・小説家。評論集『レアリスム』(1857) で芸術におけるレアリスムを主張した。
(22) Louis Edmond Duranty (1833-1880) : 小説家・批評家。1856年から57年にかけて雑誌『レアリスム』を刊行。ロマン派の理想主義的姿勢を批判した。『アンリエット・ジェラールの不幸』は1879年に刊行。
(23) Gustave Flaubert (1821-1880) : 小説家。精密な考証を基に、推敲に推敲を重ねて小説を執筆した。『ボヴァリー夫人』(1857)、『感情教育』(1869) などの作品は後世に大きな影響を与える。モーパッサンは1870年代を通してフロベールに師事し、文学について多くを学ぶ。80年代には「ギュスターヴ・フロベール」(1884) をはじめ、いくつもの記事の中で亡き師について語っている。
(24) Les frères Goncourt : 兄エドモン(1822-1896)、弟ジュール(1830-1870)。共作で評論や『ジェルミニー・ラセルトゥー』(1865) などの小説を執筆した。ジュールの死後はエドモンが単独で執筆を続けた。『娼婦エリザ』(1877)、『愛しい人』(1884) など。
(25) Émile Zola (1840-1902) : 小説家。文学への科学の導入を掲げ、自然主義の運動を主導した。全20巻からなる『ルーゴン=マッカール叢書』(1871-1893) において第二帝政下のフランス社会を描いた。
(26) Alphonse Daudet (1840-1897) : 南仏出身の小説家。短編集『風車小屋だより』で文名を確立。風俗小説を数多く著わした。『陽気なタルタラン』(1872) のシリーズなどが名高い。
(27) Paul Bourget (1852-1935) : 批評家・小説家。詩人として詩集『不安な生』(1875)、『告白』(1882) などを出版。1883年、『現代心理論』で批評家として注目され、後に活動の場を小説に転じる。『弟子』(1889)、『コスモポリス』(1893)。モーパッサンとは1870年代に雑誌『文芸共和国』を縁に出会い、以後も交流があった。モーパッサンが死去した折には追悼文「個人的な思い出」を寄せている。
(28) Robert de Bonnières (1850-1905) : 批評家・小説家。新聞紙上に文芸批評を執筆し、小説作品も残した。『モナック家』(1885)、『マイナの接吻』(1886)、『ジャンヌ・ダヴリル』(1887)。
(29) Pierre Loti (1850-1923) : 小説家。本名ジュリアン・ヴィヨー。海軍士官として勤務しながら、異国情緒あふれる恋物語を執筆した。『アイスランドの漁夫』(1886)、『お菊さん』(1887)など。
(30) Benjamin Constant (1767-1830) : 小説家・政治家。スタール夫人と交際し大きな影響を受ける。唯一の小説『アドルフ』(1816) は、恋愛の心理を怜悧な視線で分析したもの。




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