モーパッサン 『読書つれづれ』

En lisant, le 9 mars 1882



(*翻訳者 足立 和彦
  著作権は執筆者に帰属します。無断転載を禁じます。)

ユイスマンス 解説 1882年3月9日、日刊紙『ゴーロワ』 Le Gaulois に掲載された書評。18世紀の小説『テミドール』、ユイスマンス(右画像)『流れのままに』、ルネ・メズロワ『愛するという病』について順に語っている。
 最初の『テミドール』書評は、ブリュッセルの出版者キストメケール刊行で、二カ月後にモーパッサンはこの書店から短編集『マドモワゼル・フィフィ』を刊行する。ユイスマンスは『メダンの夕べ』の寄稿者、ルネ・メズロワもジャーナリストでありモーパッサンと親交のあった人物。その意味で、この一文は「宣伝」を意図して書かれたものであることは確かである。
 しかしながら、自作について語ることの極めて少なかったモーパッサンは、ここで、他人の作品の書評という形で、自らの文学観を語っており、同時に自然主義擁護の主張を行っている。ロマン主義の作品に認められる非現実性を批判し、「真実」を語る作家の「誠実さ」を称揚する。『女の一生』の準備を進めている時期のモーパッサンの文学理念を、ここに窺うことができるだろう。
 なお『テミドール』についての書評は、後に同書増刷の際に、単行本の序文として掲載されることになった。その際、若干の語句に修正がある。
 ルネ・メズロワには翌年『向こう見ずな女達!』序文を、ユイスマンスには1884年に『さかしま』の書評「彼方へ」を執筆、オマージュを捧げている。


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 我々は十八世紀の小説をほとんど二冊しか知らない。すなわち『ジル・ブラース(1)』と『マノン・レスコー(2)』である。二冊ともに傑作と呼ばれているが、私の意見では、後者の方が前者よりも比較にならないほど優れている。それというのも、この本が、あの愛らしく放埓な時代の風俗、習慣、道徳(?)、そして愛し方について、我々に教えてくれるからである。これはこの時代の自然主義小説である。反対に、『ジル・ブラース』の方は、その偉大な価値にもかかわらず、全く資料とはならない。そこでは到る所に作者のお約束が感じられ、そもそも出来事は山脈の向こう側で起きるのであるし、その時代の人間のありようがよく現われてくるのを目にすることがない。ヴォルテールの見事な短編小説も、その点では我々に教えるところがより多いとは言えない。クレビヨン・フィスのあまり文学的ではない猥褻な言葉やその他の者達も、我々の精神を震えさすことはなく、もっぱら伝統と、歴史についての記憶によってこそ、我々はあの社会を思い描くことができるのである。優美かつ堕落していて、洗練され、放蕩に身を任せ、爪の先まで芸術家肌、なによりも優雅で機知に富む、この社会にとっては快楽こそが唯一の法、恋愛こそが唯一の宗教であった。
 さて、ここに一冊の当時の小説があり、あまり知られていないがしばしば再販されてきたもので、出版者キストメケール(3)が出したばかりの新しい版のお陰で、計り知れないほどに貴重な情報を我々に与えてくれるのである。その名を『テミドール(4)』といい、副題には「我と我が愛人の物語」とある。
 おお! それは過剰なまでに猥らで、極端なまでに不道徳で、猥褻なディテールが刺激的であるが、しかしとても面白い、とても面白いのだ! つまりは恋多きあの世紀末の、機知に富み、エレガントで、生まれよく身なりもいい放蕩を映し出す、真の鏡というわけである。教義にうるさい説教屋、輪になって踊るのを邪魔するあの者達は、重苦しい考えや上品ぶった戒律で一杯なので、この甘美な小さな書物をちょっと開いてみただけで、髪の毛まで真っ赤になることだろう。この書物は純粋な・・・もとい、不純なる傑作なのであるが。
 そう、傑作である! そして傑作というのは稀なものである。胸元を露わにした優美さに満ちるこの素晴らしい作品においては、全てが誘惑している。それに、そこでは機知が驚くほど豊富に流れ出している。それは、明朗に響きわたるあのフランスらしい善きエスプリ、自然で、跳ねるようで、くるくると回転し、不作法で、軽快、疑い深くて勇敢なあのエスプリであり、その機知が溢れ出ている文章の文体はといえば、優美かつ簡潔、堂々としていながらコケティシュな様子をしていて、しなやかで、抜け目なく辛辣である。これこそが我らの古き国の良き散文であった。十分に透明なので、我々のワインのように飲み干すことができて、ワインのようにきらめき、頭にまでのぼってきて、陽気にさせてくれる。そうしたものを読むのは幸福であり、味わい深い幸福、知性にとってほとんど感覚的な官能なのだ。
 作者は自分の名前を隠していたが、徴税請負人、ゴダール・ドクールであった。まったく、彼と食事を供にするのを人は好んだことだろう。
 それで主題は? と人は言うだろう。ほとんどありはしない。ある優美な若者の物語であり、父親が彼の愛人ロゼットを幽閉させ、彼は彼女を解放することに成功する。彼にはなんと道理があることだろう、この幸福な男には!
 この書物は、既に遠くなったあの時代、当時の人々、彼らの習慣についての印象を驚くほどに与えてくれる。それはまったく復活といっていい。
 キストメケール氏が、再販を手がけてこれほど好運に恵まれることはそんなにはないのである。

***

 同じくブリュッセルから我々のもとに届いたのは、自然主義小説家J. –K. ユイスマンスの大変奇妙な中編小説である。そのタイトルは『流れのままに(5)』という。
 この小品は、その平凡かつ痛ましい誠実さにおいて私を深く魅了するものであり、感情を愛する者の頭髪をそそり立たせるような才を備えている。そして、この書物を思い出すや我を忘れる人々、あるいはユニオン・ジェネラル(6)の株式保有者のように打ちひしがれる者達、あるいは怒りのあまり狂乱にかられる人達の姿を私は目にしたのである。彼らが呻くのを目にし、彼らが吼えるのを目にした。彼らを苛立たせるには、大変に慎ましい材料で十分なのだ。それは、ビーフステーキを探し求める一役人の物語である。それ以上ではない。ある貧しい男、役場の徒刑囚が、一回の食事に三十スーしか使えずに、安食堂から安食堂へとさ迷っては、ソースのむかつく臭い、味もしない質の悪い肉の固さ、ヒラメの黒バター焼きのいかがわしい香り、混ざりものの入った飲み物の酸っぱい味にうんざりとするのである。
 彼は宿屋の定食用テーブルから居酒屋へ、左岸から右岸へと行っては、気をくじかれては同じ店に戻って来て、いつでも同じ味のするいつもと同じ料理に再会する。これは、何頁かの中に描かれた、慎ましやかな人々の哀しい物語であり、彼等を締めつけるのは、社会通念にかなった悲惨、フロックコートに包まれた悲惨なのである。そしてこの男性には知性があるが、すっかり観念していて、喝采されるような愚かさに対してしか反抗することもない。この安食堂のユリシーズの遍歴は、料理皿の間だけに限られていて、変り栄えのしない肉片の周りですえたバターの焦げた匂いがしているが、この人物は嘆かわしく、悲痛で、絶望的であり、それというのも恐ろしい真実さでもって、彼が我々の前に現われてくるからだ。
 私が言葉を交わした人々はこう叫んだものだ。「忌まわしい真実など見せてくれなくて結構だ。慰めになるような真実だけを見せてくれたまえ! 意気阻喪させるのではなく、楽しませてくれ」
 シェルビュリエ氏(7)の小説を読んで楽しむ風に出来ている精神の持ち主が、フォランタン氏の落胆の物語に死ぬほどうんざりするのは確かだろう。私も一応はこのような人達の意見を理解することができる。だが、彼等が他人に向かってまで、自然主義作家の作品の方を、別種の作家が空想する心とろかす、複雑な筋の冒険物語よりもはるかに好む権利を拒絶するとなれば、もはや私には理解できない。
 楽しませる書物がある一方に、心を動かすような書物があることをあなたは認めるだろうか? そうではないだろうか? そうであれば、今度は私の側として、いわゆる慰めになるという小説の、ありもしないような出来事の連なりに、人が心を動かされうるということは認めがたい。真実以上に感動的なもの、胸をえぐるようなものがあるだろうか? そして、まだしもましな夕食を探し求める貧しい役人のまったく単純な物語以上に、真実なものなどあるだろうか?
 心を動かされるためには、一冊の書物の中に、血を滴らせる人間の姿を見出すことが私には必要なのだ。登場人物は私の隣人、私と同じ身分の者であり、私の知っている喜びや苦しみを味わい、誰もが幾らか私自身を分けもっていて、読み進めていく内に一種の恒常的な比較をさせることで、内密な記憶によって私の心を震わせ、一行ごとに日々の私の生活のこだまを目覚めさせるのでなければならない。そして、だからこそ『感情教育(8)』は私を動揺させるし、だからこそフォランタン氏の傷んだロックフォールチーズ(9)は、私の口の中に蘇ってくる記憶で忌まわしい戦慄を走らせるのだ。
 他の者達は『モンテ=クリスト』や『三銃士』の冒険に興奮することができるのだろうが、私は読み終えることもできなかったほどに、ああした信じられもしない空想の積み重ね故に、どうしようもない憂鬱に捕らわれたのだった。
 それというのも、信じることができないのに、どうして心を捉えられることがあろうか? そしてあらゆる不可能事が積み重ねられているというのに、どうして信じることができるだろうか? しかしながら、これらの金箔飾りの作品に対する無関心を人があえて告白することがあったとしても、それはわずかなものである。たとえ、模倣不可能のバルザックが、デュマ父の書物についてまさしく次のように書いていたとしても。「これを読んだことに本当に腹が立つ。こうして自分の時間を無駄にしてしまった自分に対する嫌悪感しか残ってはいない」

***

 確かに、『流れのままに』は、いい香りのする本を枕に眠りたい若い女性には勧められるものではない。アーモンド入りキャンディーをかじるように中編小説をかじって、自分のために書かれた小話に夢を抱いたままでいたい娘達には。だがここに『愛するという病(10)』があり、ルネ・メズロワ、繊細な男、洗練され、十分に女性的な男性の手になる作品である。
 この書物に含まれる短編の幾つかは優美な宝石である。『はりつけにされた男』のような別の作品は、大きく、恐ろしいものとしてそそり立っている。ところでこの『はりつけにされた男』については、一つの物語がある。最初はある新聞に発表されたが、告訴され、有罪判決を受けた(11)。それがこの度、一巻の書物の中に入れられるにあたっては、司法の側の突然の慎みにすっかり驚かされたままなのである。大変頻繁に、憤慨したフロベール(12)が口にしていた文学に対する憎しみというものを、信じたくもなるというものだろう。どこかの下劣な新聞に、ただ猥褻なものが載った時には、検事局は目を瞑っている。恐らくは笑ったのだろう。けれども、ある文学的傾向、形容詞が跳ね回り、言葉が響きわたるのを目にしたと信じるや、ただちに厳しく罰するのである。
 この書物の中で最も魅力的な物語の名を挙げよう。『大佐の結婚』、『ブノワ・シャンソンの物語』、『少佐の娘達』、『最後の点検』、『オーバード』。
 しかし一体どうして、ルネ・メズロワというこの繊細な語り手、大変如才ないマニエリスト、価値ある言葉の曲芸師、この神経過敏な男性は、熱愛する愛しい女達の、愛の香りに空気も濃くなったような閨房の中での優雅な過ちを、特別に語るために作られているかに見えるのにもかかわらず、匂い立つようだと言われたその同じペン先でもって、農民達の素朴で粗野な物語を綴ってみせようと思ったのだろうか? 彼が我々に作ってみせたのは、ワットー流の羊飼いであって、病的なまでに興奮した彼の言葉を、あまりにもしゃべりすぎている。彼の農民達からは牧歌の香りが漂っている。甘美なほどにうねる彼の文章の優美さは、必要なだけの荒々しい拳の一撃を、田園の荒々しいドラマのくっきりとした印象を我々に与えることがないのである。それはこのマルゴ(13)という娘のことであるが、彼女は恋人に会いに行くために、父の家、さらには生まれ故郷の村全体を火にかけるのである。

『ゴーロワ』紙、1882年3月9日付




訳注
(1) Gil Blas (1715-1735):ルサージュ (1668-1747) の小説。スペインを舞台に主人公ジル・ブラースの冒険を語る。
(2) Histoire du chevalier des Grieux et de Manon Lescault (1731):アベ・プレヴォー (1697-1763) の小説『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』。本来は『ある貴族の回想』という長編の一部を成す。モーパッサンはこの小説を愛好し、1885年刊行の版に序文を寄せている。(参照:『マノン・レスコー』序文
(3) Henry Kistemaeckers (1851-1934):ベルギーの出版人で共和主義者。自然主義作家の著作の出版を精力的に手掛けた。モーパッサンは1882年短編集『マドモワゼル・フィフィ』の初版を出版している。猥褻な書物を出版することでも有名で、度々訴訟沙汰を起こしもした。
(4) Themidore :18世紀の作家ゴダール・ドクール Godard d'Aucourt (1716-1795) の作品。
(5) À vau-l'eau (1882):ブリュッセル、キストメケール刊。主人公の名はフォランタン。
(6) 1882年初頭に、ユニオン・ジェネラル銀行が倒産するという事件があった。「誰の誤ち?」(『ゴーロワ』1月25日)、「名誉と金」(同、2月14日)において、モーパッサンはこの事件について語っている。
(7) Victor Cherbuliez (1829-1899):小説家・劇作家。1881年にアカデミー・フランセーズ入会。モーパッサンは1883年5月1日の記事「ヴィクトール・シェルビュリエ氏」(『ジル・ブラース』)で辛辣な批判を述べている。
(8) L'Education sentimentale :ギュスターヴ・フロベールの小説。1869年刊行。自然主義世代の作家達の理想とする小説だった。
(9) 『流れのままに』の冒頭の場面に登場する。
(10) Le Mal d'aimer (1882):パリ、ルヴェール&ブロン (Éd. Rouveyre & G. Blond) 刊。
(11) « Le Crucifié » は最初、「巨匠の傑作」« Le Chef-d'œuvre du maître » の題で、1880年12月5日付『ジル・ブラース』紙に掲載された。検察に告訴され、裁判の結果、編集長に対し禁固3カ月、罰金千フランの刑罰が言い渡された。
(12) 1857年刊行の『ボヴァリー夫人』は風俗壊乱の廉で訴えられるが、裁判の結果無罪となる。検閲に対するフロベールの軽蔑はこの時より終世変わることがない。1880年、モーパッサンが自作の詩篇で告発されかかった際に、フロベールは弟子を擁護する公開書簡を書き送っている。結果として、訴訟取り下げに終わった。
(13) 短編集所収の「マルゴの蝋燭」 « Les Cierges de Margot » の主人公。なおこの作品は、後にモーパッサンの英訳短編集に混入する偽作の内の一編である。英題 "Margot's Tapers"




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